世界経済における中国の存在感が急速に高まっている。
世界の輸出に占める中国のシェアは9.1%であり、世界の石油消費に占めるシェアは8.5%である。
輸出シェアは2004年に、石油消費シェアは2003年に日本を追い抜いている。
米中が一緒に世界規模の課題に取り組む「G2」論を唱える人も増えている。


なぜ中国はこれほど急速な成長ができるのか。
まずは、そもそもなぜ世界に貧しい国と豊かな国があるのかを考え、それをもとに中国の成長理由を考える。


①なぜ世界に貧しい国と豊かな国があるのか

世界銀行の統計では、一人当たりの国内総生産は、購買力平価で、
1位ルクセンブルクの6万1860ドル、11位アメリカの4万5840ドル、29位日本の3万4750ドルに対して、
120位の中国は5428ドル、153位インドの2740ドル、208位リベリアの280ドル
と大きな差がある。
1位のルクセンブルクと208位のリベリアの間には221倍もの差があり、日本と中国には6倍の差がある。


なぜこれほどの差があるのだろうか。


グローニンゲン大学のアンガス・マディソン教授の作成したデータによると、紀元1年ではほとんどの国が400から600ドルであり、1500年、16001700年では、ヨーロッパの所得が伸びていったが、もっとも高いイギリスともっとも低いエジプトを比べても2.6倍にすぎなかった。

つまり、1700年ごろまで、世界はほぼ一様に貧しかった。


ところがその300年後、世界のある国は豊かになり、他の国は貧しいままだ。
これより、豊かさは搾取によって生まれたのではないことが分かる。


豊かな国と貧しい国の違いは、豊かになることが守られる制度があるか否かだ。
豊かな国は、国家が個人の努力によって得た富を没収することはなく、他国の優れた技術を学ぶことは勧奨されていた。


一方貧しい国を見ると、富の創造は奨励されず、海外の優れた技術や制度を学ぶことができないことが多いため、有能な人々はビジネスに参加するよりも役人や軍人になることを選んでしまう。

このような国では、富は権力とのコネクションにより生じるのだ。


②なぜ、中国は急成長できるのか。


①をもとに停滞していたころの中国を考えると、確かに中国は閉ざされ、いつ人民の敵と言われ財産を没収されるか分からない状態だった。


ところが1970年代末から、改革開放路線が打ち出された。
狭量なナショナリズムと共産主義イデオロギーによって、人々の自由は制約されていたが、破壊された。

私企業は隆盛し、大都市の消費水準は向上した。


つまり、中国急成長の秘密は、かつて経済が停滞していたことにあり、経済が発展した国との差異を利用できるからだ。

この遅れた国の差異を利用し、進んだ国の制度、ノウハウや技術を模倣したことが成長につながっていると言える。


中国には、アメリカや日本のような目に見える目標がある。

そのため、そのビジョン通りに模倣していくだけでも、成長することができる。


戦後の日本もアメリカという目標があったからこそ、「追いつけ追い越せ」の精神で向上することができた。

今の中国も同様の状況ではないだろうか。


楽天の三木谷社長は著書『成功の法則92ヶ条』の中で

「月に行こうという目標があったから,アポロは月に行けた。飛行機を改良した結果,月に行けたわけではない」

と述べている。

今の日本には明確なビジョンが見当たらない。

日本もさらに成長していくには,世界の中に対する日本の役割を考え,明確な目標を作り,

一個人も「今後の世の中をどうしたいのか」を常に考える必要があるのだろう。

経済協力開発機構(ODCD)の生徒の学習到達度調査によって、日本の学生の学力が低下したと言われている。
2000年に2位だった科学的応用力、8位だった読解力、1位だった数学的応用力が、06年には6位、15位、10位に低下したからだ。
この結果を巡って「日本の教育はこれまでのスタイルから抜け出す必要がある」という声もある。

これをキッカケに、「教育の役割」について考えたいと思う。


教育の目的は、豊かな社会を作ることにある。
そして、教育とは基盤となる「知識」を教えることにある。


豊かな社会を作るには、社会全体の富を拡大しなければいけない。
社会全体の富を拡大するには、多くの企業が収益を上げる必要がある。
そのためには、教育では企業が求める人材を多く排出することが重要だ。


企業が求める人材能力とは、
1位 販売・営業力
2位 発想・企画力
3位 コスト意識・財務センス
だそうだ。


しかし、これらを教えるのは厳しい。
コスト意識・財務センスは責任ある中で学ばないと実感が持てないだろうし、
販売・営業力は、学校の先生自体がモノを売ったことがない可能性もある。
発想・企画力も同様だ。


そのため教育には、3つの力の基礎となる「知識」を教えることが求められるのだ。
では基礎となる「知識」とは何か。


それは『学ぶクセづけ』だと思う。
小学校から大学まで学んだことの大半は、使わない内容かもしれない。
だが、学び続けることで「自分なりの勉強の仕方」や「勉強に対する姿勢」を身につけることができるのだ。
それが『学ぶクセづけ』であり、学ぶことで一番得られる「知識」ではないか。

その「知識」がなければ、学ぶのに大変な労力がかかるし、新しい「知」も生まれない。


かつて”ゆとり教育”では、中学生に「元素の周期表」や「2次方程式の解の公式」を教えなくて良いと言われていた。
それによって学力の低下が顕著に現れた。
これは、学力の低下自体が問題ではない。

勉強量をこなしていないために、『学ぶクセづけ』がついていないことが問題なのだ。


だから教育の役割は、「知」の基礎となる「知識」を叩き込むことだと思う。
そして、私たちも、日々『学ぶクセづけ』を作るために学び続ける必要がある。

9月30日の日経新聞夕刊一面に
「ラーメンフォーク」のデザイナー高橋正美さん
についての記事が記載されていた。
「ラーメンフォーク」とは、フォークとスプーンが一体になった食器。
「めんとスープがよく絡み、はしよりもおいしく食べられる。大人も子供も使いやすい。」
という食器を目指したのだとか。


高橋さんは,
「様々な立場と角度から考え、デザインの力で社会の矛盾や問題を解決する」
という。
この商品は現在、モダンアートの殿堂ニューヨーク近代美術館(MOMA)のミュージアムショップで大人気商品になっている。


このように、現在ない新たな価値観を『創造する力』こそが、これからの世の中を生きるために必要な力だと思う。


トーマス・フリードマン著『フラット化する世界』で言われているように,これからの世の中は個人が世界中の個人との競い合いを,これまで以上に意識しなければならなくなった。
今まで日本人に当たり前のように用意されていた仕事は,私たちよりも最も優秀で,抜け目なく,生産性が高く,賃金が安い労働者のほうへ仕事が動いてゆく。


今までは平凡な仕事をしていてもまずまずの賃金がもらえた。
しかし、これからは平凡でいいと思っては、変化についていけない。
だからこそ,誰からも真似することができない新しい価値を『創造する力』が必要なのだ。


この『創造する力』とは
創造する力=イメージする力×伝える力×共生する力


「イメージする力」は、自分が創造したい世界を鮮明に描く力。
高橋さんも10年先、100年先の地域再生の姿が脳裏にあるのだとか。
イメージする力があれば、その通りに作り上げるだけだ。


ただ創造するにも、一人で作り上げることはできない。
そこで必要なのが
「伝える力」と「共生する力」
自分のイメージを人に伝えることができなければ、イメージのままで終わってしまうし、共生する力がなければ、自分の創造したい世界を共に作る仲間ができないからだ。


この記事は,これからの世の中を生きるために必要な『創造する力』がどのようなものか,そしてこの力があればどうなれるのかを教えてくれた。

この『創造する力』を身につけるためには日頃から,学び,見識を広げ,出会う人々に感謝の気持ちを忘れずに伝えることが重要なのではないだろうか。