あなたも保育士の勉強を始めよう!資格マニアでも保育士志望でもない40代イクメンが保育士の勉強を始めた理由。そして合格に至るまで -5ページ目

あなたも保育士の勉強を始めよう!資格マニアでも保育士志望でもない40代イクメンが保育士の勉強を始めた理由。そして合格に至るまで

当ブログは元々、諸事情でなかなか子宝に恵まれず、40代でやっと父親になった手探り子育て体験を綴っていくものでしたが、2021年8月から、私の保育士試験受験体験を書き綴るブログとしてリニューアルすることにしました。(「40代とうさんイックメン日記」から改題)

 このブログは、保育士になろうとか全く関係ない人にも、保育士試験を目指してほしいと思って書いています。その書き出しにふさわしいのかどうかわかりませんが、今日から2回に分けて、保育士をめぐる社会からの誤解について書いてみたいと思います。

 さて、保育士という職業は、かつては、いや今でも、大変残念ながら、一部の人からは軽く見られているところがあるのではないかと思います。
 一番わかりやすく、そして失礼な誤解――それは、保育士なんて、要するに子守でしょ、ベビーシッターでしょ。子育て経験があれば(いや、子育て経験ない学生風情でも!)、資格なんてなくてもできる仕事でしょという意見です。

 ご存じの方も多いでしょうが、保育士は、昔は「保母(保父)」と言われていました。国は、その名称を、いわゆる「士業」ではないにせよ、「保育士」に改め、さらには名称独占(資格のない人はその肩書を名乗ってはいけない)の国家資格としました。その過程で、保育士に専門性や責任、職業倫理を強く意識づける一方で、保護者に対する職業威信も高めようとしたのではないかと思います。それでも、まだ一部の人には誤解があるのではないか、それは、資格なり試験制度に対する無理解が原因ではないかと私は思っています。

 そもそも、無資格で保育補助で現場にいらっしゃる方なら当然ご存じのことですが、保育士が保育施設で行っている保育って、親が自分の子どもの面倒を見るのと同じような部分(単なる託児といってもいい)ももちろんありますが、実際の保育はそれだけではありません。まず資格を取ろうと試験勉強を始めた人も、それはじきにわかります。

 たとえば、保育園に通う子ども同士がおもちゃを争ってけんかを始めたとします。自分の子の育児(たとえば兄弟げんか、近所の知り合いの子ども同士の争い)なら、「譲ってあげなさい」「順番こだよ」とかになるでしょう。しかし、保育園という公の場での保育だと、各児の性格や発達段階に応じて、手が出てけがをするようなところまでいかなければ、あえて喧嘩を止めずに見守り、子ども同士の自己主張、葛藤、自己抑制を体験させてみる場合もあります。そういう判断を、素人の親はいちいち行わないでしょう。また、発達段階に応じて、行けないことをした場合の注意の仕方も考えます。親だと感情的に怒っちゃうこともあるけど、保育士は仕事として対応するわけです。

 

 また、保育園に通う子の親が、保育士に対して「うちの子●●なんですけどどうしたらいいでしょう」って相談し、助言することも普通にあります(なお、保育士は、子どもが所属の園に通っていない地域住民からの育児相談に乗るのも使命です。もしかするとそれも一種の誤解かも)。これって豊富な専門知識・経験の裏付けがあって行ってることで、単に先輩ママが自分の体験だけに基づいて助言する(「うちはこうだったわよ~」)のとは話が違います。

 

 これこそ、やはりプロの仕事なのですよ。

 コロナ禍の影響で社会が激変したこの1年半、その影響ばかりが理由ではないのですが、私はこのブログをずっと放置していました。実はその間、いろいろ思うところがあり、育児の傍ら、自宅で保育士試験の勉強を始め、継続していました。

 そして先日、2回目(令和3年度前期)の受験で、受験生活をコンプリート、つまり最終合格を達成できました。

 

 別に、保育士としての転職を考えていたわけでもなく、そして資格マニアというわけでもない私が、なぜ保育士試験を受験し、資格を取ろうと思ったのか。
 さらには、果たして合格するのだろうか、こんな勉強法でいいのだろうか、といった受験生なら誰もが通る不安な日々の中で去来するさまざまな思い。

 

 こうしたことも含め、受験中から、体験記のように自分を鼓舞するために書き連ねていく方法もあったけれど、合格したあとに、胸を張って振り返ったほうがいい、そんな思いで、ブログを封印してきました。

 そして、やっと、1年半の思いを書き出せるときがやってきました。そんなことを、これから少しずつ書いていければと思います。

 

 このブログは、もともとは、なかなか子どもができなかった40代イクメンの子育て日記。今はもう私もアラフィフなのですが、まだ子どもの1人は保育園児。育児の経験って、本当にその時その時しかできず、忘れるのもあっという間だとみなさんおっしゃいます。保育士さんとの日々のコミュニケーションも、日が経つと忘れてしまう。でも、その積み重ねはとても大切なものだと思います。

 

 保育士は、なぜ保護者にこう伝えてくるのか。子どもにはこう指導・助言するのか。育児のプロが言うことだからと、あまり深く考えない保護者もいるのでしょうが、私は、モンペ(モンスターペアレント)とかそういう文脈じゃなくて、なんでそういうことになるんだろう?理論や経験の裏付けはどうなっているのか?と、日々、素朴に疑問を持っていたクチです。

 

 ただ、それを直接保育士に聞くのは、それこそモンペを疑われかねない行為。だから、まずは自分で勉強してみよう、と思うようになったのです。

 

 それともう1つ理由があります。世の中で繰り広げられてきた待機児童問題、そして認可・認可外の施設格差問題。私は過去に

とか、いろいろ意見を持っていたし、その延長である認可外擁護論について、このブログをきっかけに、何年か前に、報道機関の記事作成の手伝いをしたこともあります。

 そんな経験の中で、さすがに保育士に転職することはないとしても、保育士試験を通じて保育業界の事情を知っておくことは、自分の家族の保育園選びなどにも役立つため無駄ではないという考えに至り、勉強をする動機の一つになりました。

2人の子供。性別は敢えて伏せる。

どのように言葉を体得するのかという観点で面白い事例。

英語で言うと、well つまり、言いよどんだときのつなぎ言葉。

上の子は「あの~」を使うが、

下の子は「え~と」を使う。

男女差ではない。うーんと、保育園のせいだろうか。

でも子らはまだ一人称は、あたし、僕を使わないで名前を言う。

その一方で、「あの~」「え~と」を使う。これは終始一貫していて揺るがない。謎だ。

二度のお百度参り以後、ホント書き込みしてなかったので、何かあって放置ブログになってしまったのかと思われてしまうほどの放置状態…。

 

まあ、知人の読み手はいないので、リアルに心配されるような人はいなかったと思うけども。

 

とはいえ、とりあえずおととしの10月に無事第2子が生まれ、もうじき2歳になるという状況。その間色々あったけどさすがにあっという間に過ぎていくね。

 

で、久々に書く気になったのは、タイトルの通り、40年を超える出来事があったから。それは…

 

自分が幼稚園の時に使っていた(幼稚園で1人1個買った)積み木が、建て替えで荷物を処分している実家から出てきて、親が自分に郵送してくれた。

 

良い製品だったらしく、今も全然使える。ということで、子どもに「お父さんが幼稚園の頃使っていたものだけど使う?」と言ったら喜んで使って使ってくれている。

 

親バカというか手前みそ、というのともちょっと違うが、何とも感動的な話だ。

 

 

 

いよいよ予定日が近づいてきた。

そんな中、妻が高血圧で入院せざるを得なくなった。

結局、大事を取っての経過観察であったため1週間程度で退院はできたのだが、肝を冷やした。

 

そんな中、それこそいつ帝王切開となってもおかしくないと痛感し、予定日より1か月ほど前だが、安産を祈願して2度目のお百度参りを敢行。

 

本当なら、明日が出産予定の病院で両親学級があり、前回のお百度参りと同じ神社にいく機会があってよかったのだが、あいにくの空模様との予報が出ていたため、1日前倒してわざわざその神社に出かけることにし、今日決行した。

 

今回は、さすがに1円玉100枚ではどうかと思い、5円玉に切り替えて実行した。今回は110分ほどかかり、お参り中にはおそらく30~40人と重なった。

 

さすがに足はへばったなあ。