『埼玉県の近世災害碑』(髙瀬正 著)という本を、チビチビと読み始めた。


この本の中に、奥貫友山の墓碑が紹介されていた。私は奥貫友山のことを知らなかった。


この本によると、奥貫友山は、長年にわたり名主を勤めていた。衆望も高かったそうだ。寛保2年(1742年)8月のこと、関東一円に大風雨があった。そのため、荒川などの堤が決壊し、洪水が発生した。この時、奥貫友山は、40村余りの6,000人ほどの罹災者に食糧などを与え救済したようだ。

奥貫友山の墓碑は、川越市大字久下戸にあるという。いま、私は「天保の大飢饉」について調べているけれど、埼玉県にも隠れた功績を残した人がいるものだ。機会があれば、奥貫友山の墓を訪れてみたい。

<参考文献>

『埼玉県の近世災害碑』(髙瀬正 著、ヤマトヤ出版、1996年刊)