お釈迦様が29歳まで過ごされた
カピラバストゥ城の跡地とされている
ティラウラコット遺跡を出ます。
どこでも子供達が物乞いに来るのですが、
ガイドさんが怒り出すことがあります。
その時は必ずこのように
手を挙げて追い払います
昭和ではよく見た光景ですが、
ガイドさん以外の人もやってたので
インドの大人は皆やるようでした。
逃げていく姿は懐かしかったですが・・・。
次は車に乗ってお釈迦様が
お生まれになった地である
ルンビニ―に向かいます。
向っている途中に法妙さんが、
法妙「今からお釈迦様のお母さんの
所に行くんですよね?」
『そうですよ』
法妙「ハチミツをお供えするようにと
渡されたんですが、ハチミツって
お供えするんですか?」
『ハチミツですか
お供えしてたと思いますよ』
あとで知るのですが、
ハチミツは3千年以上も前の
古代インドでも薬として使われていて、
ヒンドゥー教でも古くから
ハチミツを儀式に使用している
ということだったので、
『だからハチミツやったんか~』
となったわけです。
ルンビニ―に到着して、
マヤ堂に向かいました。
写真はありませんが、
マヤ堂に向かう長い道があって、
その反対に白い建物が建っていました。
『あっちにあるあの白い建物は何ですか?』
ガイド「あれは日蓮宗のストゥーパだよ」
『え~っここにも日蓮宗が
すご~
』
そして、マヤ堂に入ると、
お釈迦様のお母さんのお像が
お祀りされていました。
ガイドさんが警備員に伝えると、
鍵を開けて特別な場所に
入れてくれました。
法妙「すご~」
参拝をすませて外に出ました。
『ハチミツ渡したんですか?』
法妙「渡せました」
マヤ堂の裏にて勤行
この時、私達の前を誰かが
歩こうとしたので、
ガイドさんや他の人達に大きな声で
めっちゃ怒られてました
『お祈りの邪魔をしたら、
みんな怒るんや』
日本の聖地でも、それくらいの
信仰心のある人たちばっかりだったら
色々と守られるんだけどね〜。
お釈迦様のお像の前で一枚。
ルンビニの看板の前で一枚。
幼稚園くらいの子が写真を
撮り終わるのを待っております。
自分で頭に怪我を作って、
「これを治すお金がほしい」
と言ってきます。
無視してたら諦めたのですが、
お兄ちゃんに「もう一回行ってこい」と
怒られたようでまた戻ってきました。
なので、他に誰もいない所まで
ついて来た時にお金を渡すと、
喜んで走っていきました。
あんなチビッ子の時から
大変やな・・・
そして、ホテルへ向かいます。
ガイド「今日は法華ホテルと言って
日本人が経営してたホテルだから
日本食が出るよ」
『ほんまですか嬉しい
』
法華ホテルに着くと、
法妙「胃がおかしいです」
『餓鬼霊ですね・・・』
法妙「ここもめっちゃいませんか?」
『どこも凄いですねさすがインド
』
つづく