◆『凡人で終わる人の悪い習慣』は、

なぜ若者の心に刺さるのか?

 

フェルミ漫画を東洋思想で読み解く

 

YouTubeで人気のフェルミ漫画の中に、
『凡人で終わる人の悪い習慣』という

回があります。

 

コメント欄には、

 

「めちゃくちゃ刺さった」


「名言すぎる」


「人生2周目説」

 

といった声が並び、

 

若い世代を中心に強い反響を

呼んでいたそうです。

 

私はこの動画を見たとき、

少し驚きました。

 

「これは、仏教や東洋思想で

昔から言われてきたことを、


現代の言葉でそのまま

語ってますやん」と。

 

ということで、今日はその前半部分を、
仏教と東洋思想の視点から

読み解いてみたいと思います。

 

①誰かのせいにする人は、

凡人で終わる

 

動画の中で、こんな言葉が出てきます。

 

「俺が貧乏なのは国のせい」

 

「環境のせい」

 

「アイツのせい」

 

この考えをしている人は、

もうゲームオーバーだ、と。

 

実はこれ、仏教の核心そのものです。

 

法句経 には、こうあります。

 

自らの行いによって自らは汚れ

自らの行いによって自らは清まる

 

これを仏教では「業(ごう)」や

「因果」と呼びます。

 

環境も、人も、時代も、

もちろん影響はあります。


しかし最終的に

「自分の人生を形づくるもの」は、
自分の選択と行いである、

という考え方です。

 

誰かのせいにした瞬間、
人は「学ぶこと」をやめてしまいます。

 

だから魂の成長が止まる。 

 

これは、現代的な自己啓発ではなく、
古来より伝えられてきた

東洋思想の根幹なのです。

 

 

②挑戦しない人は、

年だけ取って後悔する

 

動画ではさらに、

 

「最も恐ろしいのは、

挑戦せずに年だけ取った自分だ」

 

という言葉が出てきます。

 

これもまた、禅の教えそのものです。

 

曹洞宗の開祖である道元さんは、


「現成公案(げんじょうこうあん)」

 

という言葉を残しています。

 

今、目の前に現れている

縁に飛び込めるかどうか。

 

やらない理由を探すのは、

とても簡単です。

 

不況やから

 

失敗が怖いから

 

人間関係が心配やから

 

タイミングが悪いから

 

しかし禅の世界では、

こう考えます。

 

「その迷いこそが、今あなたが

向き合うべき公案である」と。 

 

挑戦をしない人は、失敗はしません。


しかし同時に、成長もしません。

 

だから臨終のときに

 

「あの時やっておけばよかった」

 

という後悔が生まれるのです。

 

これは、仏教説話の中でも

何度も語られてきた人間の姿です。

 

 

◆なぜこの動画が

若者に刺さったのか?

 

このフェルミの回が、

多くの人の心に響く理由。

 

それは、

 

宗教の言葉を使わずに、

仏教と東洋思想を語っているから 

 

でしょう。

 

説法ではない。


難しい言葉も使わない。

 

けれど語られている内容は、
そのまま仏教の教えと重なっている。

 

だから、スッと心に入るのです。

 

昔の僧侶や行者たちは、

これを「修行」と呼びました。


フェルミはこれを

「凡人で終わる習慣」と呼びました。

 

呼び方は違っても、語られている

中身は同じなのです。

 

後編では、

 

「人を馬鹿にする人」

 

「今が楽しければいい人」

 

この2つを、さらに深く、
仏教の「慢」と「煩悩」の視点から

読み解いていきます。

 

つづく


金剛山 一光寺