日産スタジアムにて横浜F・マリノスとジュビロ磐田の試合でした。
0-0のスコアレスで迎えた後半、ホームゴール裏を背にセットプレイを何とか凌ぎ切ったと思いきや
中澤が主審に何か抗議してて、同時に自分の回りのマリノスサポがなんか盛り上がって参りました。
サッカー観戦初心者だった自分は何が起きたのかぽかーんとしてましたが。
(TVで観てたならキムジンギュが中澤にPA内でプロレス技仕掛けて倒してPK献上したことが分かったと思う)
能活が守るゴールに向かってPKを蹴ったのは、松田直樹選手でした。
松田選手のPKは能活がセーブしてジュビロ側は大盛り上がりマリノス側はがっくり、
そしてPKを蹴った本人の松田選手の落胆っぷりはピッチから遠く離れた観客席にも伝わってきました。
今にして思うと、当時のF・マリノスにはたとえば奥大介とか良いキックを蹴れそうな選手が他にもいたはずなのに
なんで松田選手だったのだろうと色々思いますがそういうところが松田選手らしさなのかなと思います。
結局その試合は、ロスタイム終了間際にCK(康太だったかな)をボビさんヘッド→榎哲弾く
→それを前田がシュートしてゴールしてジュビロの勝利で試合終了して、
敗北を悔しがる松田選手と能活はずっと色々話していました。
その後、松田選手のいるマリノスとは何度か対戦しました。
手強い相手でした。
去年の10月、ヤマスタでのマリノス戦でも松田選手はフル出場していました。
守備で手強いのは言うまでもありませんが、攻撃でも闘志を見せていました。
スコアレスレスドローで終わった試合の後、能活と松田選手はずっと長いこと会話していました。
その年の末に松田選手は、当時33年の人生のうちの半分近く、16年を捧げてきた横浜F・マリノスを去りJFLの松本山雅に移籍。
能活は「マツはサッカーが大好きな男。彼の選択が正しかったことが、これから証明されるでしょう」とエールを送っていました。
4月にジュビロは練習試合で松本山雅と対戦する機会がありました。
能活自身は試合に出なかったようでしたが、松田選手と会って
同じく元マリノスである那須と他愛のない会話をしてたであろう写真がここに。
ttp://www.jsgoal.jp/photo/00074400/00074459.html
自分は松本山雅における松田選手を見る機会がありませんでしたが、少し前にnumberの記事で松田選手を見ました。
松本山雅を強く闘えるチームにする、Jリーグという舞台に連れていくことに対する強い情熱がありました。
そんな松田直樹という人間の肉体がもう失われたことを未だに納得ができない。
でも、確実に言えるのは。
私たちは松田選手の、マツの生きた姿をずっと覚えているし魂はみんなが受け継いでいるということ。
先日の名古屋戦でゴールを決めたゾノは喪章を高らかに掲げ、口付けをした。
松田選手がどれだけ多くの人に愛されたかを物語ってると思う。
(隼磨のように松田選手と関わりがある選手ではないのでマスコミ的話題性に欠けるのかもしれないけど
このことを取り上げてくれるメディアがほぼ皆無なのは少し寂しい。)
ありがとう、松田直樹選手。





日立台のおもいで
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