”Revelation ヨハネの黙示録6:11”ディボーション | IKKOの神様と歩むブログ

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私達は神様に愛されている事や、毎日のみことばのディボーション、私の教会の配信するYoutubeなど配信しています

"すると、彼らのひとりひとりに白い衣が与えられた。

そして彼らは、

「あなたがたと同じしもべ、また兄弟たちで、

あなたがたと同じように

殺されるはずの人々の数が満ちるまで、もうしばらくの間、

休んでいなさい」と言い渡された。"


ヨハネの黙示録 611


1:みことばの解釈を読んで感じたこと思ったこと、自分はどうだったか


イエス様のために信仰を捨てずに

殺され命を落とされた殉教者の人の訴えを

神様が聞かないわけがないと思う

神様の答えは今日のみことば

それはクリスチャンで殉教者がまだ出るということ

これを初めて読んだとき恐くなった


黙示録6章10節11節

これを初めて読んだのは

長崎の26聖人記念館に行く日の前の日の夜


夢の中で声がして黙示録6章10節11節

を読みなさいと言われた

びっくりして飛び起きた

そして読んだ。

クリスチャンでまだ殉教される人が

残っているということだったので恐くなった


そして、次の日に26聖人記念館で

殉教された様子が描かれている絵を見てさらに恐くなった


イエス様のために命を捧げる

その死に方は、無惨で絶対に苦しい

その絵を見て、わたしに出来るのだろうかと思いました


今現在の苦しみなんか

殉教に比べれば小さな小さな苦しみ

それすら100%忠実に出来ていなかったり

まだまだ自分を捨てきれていない

そんな自分が殉教という受難をうけて死ねるわけもないと思う

その思いはイエス様のために死ねないということにきづいた


「自分に死んで」とディボーションで幾度となく

書いて来ました

しかしイエス様のために十字架刑やそれにに勝る

肉体の苦しみが伴うなら

自分はイエス様のために死ねない

という心にきづきました

それは、恐いから命令に拒否している心であることに気づきました

ごめんなさい


私自身はとても臆病です

小さな事ですが、今まで

娘が1歳で主人と別居し生活をする時や

初めに神様の仕事をする時

(人前話すとか、ほかいろいろ)

大きな恐れがあった


乗り越えないといけない事

先はどうなるかわからない事が

目の前に来たとき

それが恐くて仕方なかった

でも「恐い。でもいく」

そうやって私はいつも選んできた


すると、想像を超えて神様の愛と祝福いっぱいの道と実際になってきた


しかし、その中で失敗も人一倍多くあったから

何か選ぶときに躊躇も入るようになってしまっていると気づいた


それでも神様は私の中の恐れを無くさせるように、乗り越えられるまで

課題を目の前に起き続けられます


例えば私は大勢の人の前で嫌いです

でも仕事を変えても変えても

大勢の人前で話しをする役柄が

与えられます

今日も、絶対に大勢の人の前で話すプレゼンのようなことを

急遽するようになった

今の職場では大勢の人の前で話すなんて絶対にありえないのにです


私には大勢の人の前で話すことが

役割があるということです

神様に降参しました


ほかにもたくさん課題があるので

降参して、課題を取り組んでいきます


今は、いろいろできていない

でも、できるようになるまで

恐れから逃げない

神様と一緒に、とにかく行く

と過去にしてきたように

これからもしていこうと思います


2:自分に語られたみことば


"すると、主はギデオンに仰せられた。「安心しなさい。恐れるな。あなたは死なない。」"

士師記 623