"「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。"
マタイの福音書 5章3節
Matthew 5-3
心の貧しい人は幸い。
このことを聞いて「どうして?」と
思ったことはないでしょうか?
聖書が言う貧しい心とは具体的に
どんな状態でしょうか?
人を思いやる気持ちがない
いつも怒っている
人に無関心である
自分さえ良ければいい。
そういう事でしょうか?
確かに、そうかもしれません
しかし、聖書がいう心が貧しいとは
自分の心(霊)の貧しい状態である人のことです
すなわち、自分の霊の極貧状態で餓死していることです
多くの人はそのことに気づかないために、
自分を少しでも豊かにしようと自分の力で努力し、
豊かさを獲得しようとします。
そして、頑張っても頑張っても
恐れと不安に心が支配されていきます
恐れや不安があるということは、
霊が貧しい。霊が餓死している証拠です。
霊の貧しさをもたらしたのは罪です
聖書には
"罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。"
ローマ人への手紙 6章23節
とあるように
罪が死をもたらしているのです
しかし、霊が餓死していると気づくことは幸いなのです
なぜなら神との生きたかかわりを求めて飢え渇く者となり
神を求める者となって悔い改めていけるからです
そして、神に立ち返るなら
神から慰められるだけでなく、
その心は不足なく十全に満たされる者となり
御国のすべての祝福を受け取ることができるのです。
ですから貧しいものは幸いなのです。
心が苦しくて餓死している人はいますか?
神様に悔い改めて立ち返り
神から祝福を受け取り
幸いを得ようではありませんか
AMI JAPAN
Minister Ikuko