212話 びっくり仰天有頂天 |  荒磯に立つ一竿子

212話 びっくり仰天有頂天

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連絡船橘丸が東京港竹芝桟橋を出港して6時間半、狭い2等船室で眠れぬままに浅い眠りを繰り返していたわいは、「本船はまもなく三宅島錆が浜港に入港します。」という船内放送で起こされた。

時計を見ると午前4時半、完全に眠り足りないが、船室の灯りが点灯してしまったのでもう寝るに寝れない。それに、寝過ごした場合、御蔵島や八丈島まで連れて行かれてしまうので、朦朧とした頭で下船の支度のことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


その放送から15分ほどすると、「三宅島でご下船のお客様は4甲板中央下船口にご集合ください。」と次の放送があった。

放送に促されて、わいはリュックを背負って船室を出ると、荷物室に立ち寄ってクーラーや竿ケースを抱えて階段を上っていった。途中、船体が大きく動揺したので、わいは酔っ払ったようにふらついた。連絡船は入港時に、動揺防止装置のスタビライザーを収納してしまうので、風やうねり、波の影響をもろに受けてしまうのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


わいが二列に並んだ下船客の群れの最後尾に並ぶと、まもなく、クーラーを持った若い女性がわいのすぐ隣に並んだ。下船口には三宅島で下船する下船客がランダムに30人ほど集まっていた。出口となる水密扉はまだ開いていないから、接岸までには

10分以上かかるだろう。
その時、隣に並んだ女性が、「もう、桟橋に着いたんですか?」と問いかけてきた。

「いや、まだです。あと10分位かかるかな。接岸の5分位前に正面の水密扉が開くから、それが接岸の合図ですね。」と返事をすると、件の女性はわいの竿ケースをしげしげと見つめ、やおら顔を上げると、「あの、一竿子さんじゃないですか?」と声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ、ぼくのこと知ってるの?」と驚いて聞き返すと、「竿ケースに一竿子って書いてありますよね。」「わたし、以前、一竿子さんのブログ読んだことあるんです。」「ツルネの釣り師さんでしょ。」と昔書いたブログのことを憶えていてくれたのだ。

 

 

更に、「わたし、今、磯釣りに嵌まってるんです。もともとはダイビングで三宅島に来たんですけど、磯釣りがすごくおもしろくなってしまって。」と数少ない女性の磯釣り師でもあったのだ。これは青天の霹靂である。こんな離島で、しかも連絡船の下船口でわいのブログの読者と隣り合わせるなんて、奇遇としかいいようがない。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

岸壁から橘丸にタラップが掛かると、わいとその女性は前後して下船したが、タラップを降りてからも、しばらくの間、暗い桟橋を話しながら歩いた。乗船客待合所のある上り坂に差し掛かると、迎えに来た島の青年が女性に向かって手を上げたが、女性はそれに応えて、「あの一竿子さんですよっ!」と話していたから、この青年ももしかしたら一竿子ブログの読者かもしれない。
こんな離島で、わいのブログの読者に出会うなんて思いもよらぬことだった。女性におだてられたせいで、わいはすごくハッピーな気分になっていた。そのせいか、足取りも軽くなって、寝不足で朦朧とした頭もすっきりしてしまった。