幼いころから長男として、

家長として生きた92年の父の生涯です。

 

 

 

 

父はこの金沢連隊区で前職を考慮され

郵便の仕事に就く。

 

馬に乗って郵便を配る他、

その馬の世話をする。

 

動物が好きな父にとっては天職だろう。

 

父はとにかく娘の私から見てもみめうるわしい。

(禿ではあるが)

 

なので連隊区の中の儀仗の時など

馬に騎乗して先頭に立ち

隊列を先導するという役目もあったらしい。

 

 

ただ、かなりいじめにもあったときいた。

 

厩で先輩の兵士に

足腰がたたないくらい殴られたり、

 

さすがに私には言えなかったようだが

上官に言い寄られたりとか、

BLですか?

みたいなこともあっただろう。

 

だが父は見かけ優男、

中身はゴリゴリ一家の惣領。

耐えに耐えていた。

 

三月のある日、

集合がかかり、

同僚より少し遅れて宿舎を出た父は

近道をして連隊の中庭を急いでいた。

 

そこへ上官が通りかかり、

顔を上げて敬礼すると

「お前、ちょっとこっちへ来い」

といわれた。

 

遅参をとがめられるのかと思い

父は歯を食いしばって前に進み出た。

 

すると件の上官

「お前、顔色が悪い!」

と言われ軍医の所にそのまま連れられて行った。

 

そのまま陸軍病院に約1ヶ月の入院となる。

 

診断名?

虚弱体質に思われただけなんじゃないかな

上官は結核を疑ったのだろう。

隊に蔓延すると一大事だから。

軍医殿もそれにおもねったのかもしれない。

 

金沢陸軍病院

 

父からは結核を患ったことがあるとは一度たりとも聞いたことがない。

 

イソップ物語にこんな話がある。

 

あるところにたいそう立派で美しい角を持つ

牡鹿がいた。

彼はいつもその立派な角を仲間に自慢していた。

ある日、彼の群れに猟師が迫ってきた。

鹿たちは一斉に林の中に駆け込んだ。

他の鹿たちは木々のあいだを抜けて

遠くまで逃げのびた。

ただ、立派な角をもつ牡鹿は

彼の自慢の角が木の枝にひっかかり

逃げることができず最期を迎えた。

徴兵検査で「乙種合格」の頑健な体躯の若者たちはさしづめ立派な角を持つ牡鹿だったのだろう。

「お国のため」という言葉の下に

(心ならずもほめそやされ)

激戦の地へ送られ、

あまたの命を失なった。

「乙種合格」の栄誉のせいで

 

 

父は生涯、

「丙種合格」のその貧弱な体を恥じ、

晩年も痩せることをとにかくいやがった。

父は卑下した貧弱な角によって生き延びた。

 

立派な角を持ってる牡鹿にも、

持たぬ鹿にも咎はない。

 

猟師に林に追い込まれぬよう願うばかりだ。