祖母の遺影は100円ショップの写真立てに飾られている


父が急遽調達した写真立てで、一時的な使用で、のちに新しいものに買い替えると思っていたが、サマになっていて、そのまま使われている



祖母と目を合わせ、手を合わせるのが日課



写真の顔は同じなのに、ある時は満面の笑みに見え、ある時は心配そうな表情に見えたりするのが、いつも不思議


こちらの心理状態によって、同じものでも、感じ方、見え方が変化してしまうのだろうと解釈している


あとは、非現実的だけど、故人が天からこちらを見守る中で、感じている想いが、眺める側にそのまま伝わるのだとも思う



いつだったか

そんなに昔じゃないけれど

こんなことを思ったことがある



眺められることも

拝まれることもあまりない

ほこりの積もってしまった

でも、素晴らしく豪華な写真立て



眺められ 手を合わせられ

きれいな状態に保たれた

なんてことはない写真立て



「大切にする」行為には色んなやり方があるけれど、順序を間違えていないかや、いちばん大切なことに気付く瞬間がある


気付いたことを日々の中で、続けていけるかはまた別の話。


でもそうやって、

気付いた思いがあり、今日を生きて行く