す

ふこんにちは。
Ikiikiまっちゃんです。
今週の日曜日、嵐の後
でしたが、まだ
桜が残っていました。
そんな中、母の1周忌に
私と、弟妹と、その
子どもたち、孫が
集まりました。
母は96歳で他界しました。
私はずっと母の操り人形
でした。
母の言いなりでした。
私がそのことに
気が付いたのは、
自分でカウンセリングなどを学んでからでした。
それでも、私はなかなか
母を見捨てる
ことはできませんでした。
いつも母の愚痴の聞き役になっていました。
そして、母の最期も
私が看取りました。
操り人形と
気が付いてからは、
母の話を聞いていても、
それは違うわ!と思うようになりました。
が、あえて口には
出しませんでした。
母の一方的な思い込み、
母の考え方だ
と、割り切りました。
でも、今母が亡くなり、
現実に母という存在が
消えてしまうと、
逆に以前母が言っていた
ことが
妙に正しく思え、
変に感心して
いる自分がいました。
そして、1周忌で
位牌と写真を前にした時、
ただただ涙が溢れて
きました。
特に、寂しいと感じたわけ
でもないのに、、、
自然と涙が溢れだし
ました。
母が喜んでいる、
よく来てくれた、
と、喜んでいる、
わたしはそう感じて
また涙していました。
母もまた、「ようやく
私のことを
分ってくれたのね、」
と喜んでくれたのだと。
私は母の操り人形
だったけれど、
やはり、母のことが
好きだったのだ。
ようやくそのことに
気がつきました。
今頃になって。
でも、良かったと思って
います。
今頃でも、母のことが
好きだったと
思える自分でいられて。
前日、嵐のような雨が
降ったのに
桜はまだ残っていました。
それは、去年母と一緒に
お花見をした桜でした。
