こんにちは、IliIkiまっちゃんです。

今日は、純粋に「子育て」についてです。

 

 

世の中でよく聞く子育てのことわざは、

「子は、親の背中を見て育つ」

だと思います。

 

 

それは、その通りで、まさに、子どもは親の

生き写し。小さい時からずっと一緒に暮らして

いますもの。

 

 

ましてや、生れて、純粋な何も知らない

まっさらの状態で毎日一緒にいたら、

親のそっくりにになって当然ですよね。歩く

 

 

でも、もう一つ別の言い方、諺?を聞いた

ことがあって、それは、

「子は、育てたように育つ」

という言葉です。

 

 

私には、3人のこどもがいることは、以前

お話したと思いますが、その子たちが、まさに、

私が思い描いていたように育ったことに、私は

今、とても驚いています。

 

 

長男は、長男らしく、しっかりしたお兄さんに、

二男は、ちょっとふざけた茶目っ気のある子、

そして、3番目の娘については、なぜか、

芸術方面に進むといいかな、と、なんとなく

思ったのです。照れ

 

 

そして、今子どもたちは、成人し、自分たちの

人生を歩んでいますが、長男は、まさに、長男に

ありがちな、かなり真面目な、真っ向から物事に

ぶつかっていくサラリーマンに、二男は、

これまた、ほんとに茶目っ気が過ぎて2回の

転職を経て、現在ようやく結婚もして子どもも

生れて落ち着いてきた、という感じです。

 

 

そして、末の娘。

この子の今までが、ふりかえると、とても不思議な

生き方になっているのですびっくりマーク

 

 

娘は、幼少期をほとんど、北京で過ごし、

小学3年生の2学期に日本に戻り、公立の

小学校に転入しました。学校

 

 

もともと、おとなしい性格で、

静かな方だったため、しばらくして、学校で

いじめ、というほどではないですが、仲間はずれ

いわゆる、はぶられるようになっていたのです。ガーン

 

 

私は、上二人の男の子に手を焼き、

ついつい、娘をおろそかにしがちでした。

 

 

転校当時は、帰宅後も友達と約束などを

して来ましたが、だんだん、帰って来ても

友達と遊ばなくなり、ひとりで、

1000ピースぐらいのジクゾウパズルに

夢中になっていました。

 

 

さすがの私も気が付き、娘と話をすると、学校で

仲間外れにされている、とポツンとつぶやき、

涙目になっていました。ショボーン

 

 

その時、私は、学校の先生に相談したかは、

覚えていませんが、多分、訴えはした

と思います。

 

 

しかし、そこに私はたいして期待はしていなかったように思います。

 

 

そして、私は、娘を陶芸教室に通わせました。乙女のトキメキ

 

 

もともと、娘は左利きで、主人に、いえ、

主人の母、姑に私は似ていると思って

いたのです。おばあちゃん

 

 

姑も、娘同様、ほとんど何も言わないのですが、

家事全般をほとんど完璧にこなし、洋裁、

パッチワークなど素晴らしく、田舎では

ありますが、文化祭などに出展して、

金賞をもらうほど、仕事が丁寧で、

器用な人でした。

 

 

そして、娘も、教えたわけでもないのに、

物心ついたころにはなんでもきちんと片付け、

はっと気づくと、頼んだことは

きれいに終わっている、そういう子でした。

 

 

そそっかしくて、おおざっぱな、この母親とは

まるで違う、この子は、えらい子だな

(親ばかでしょうか?)そんな印象を

抱いていました。

 

 

そんなことを感じていた時に、学校で

はぶられ悶々としている娘に何か楽しみ

を作ってあげたい、そう思って思いついのたが、

陶芸教室でした。鉛筆

 

 

娘も、絵を描くのは苦手でしたが、手先を使って

何かを創り出すということには、楽しみを

見出せたようで、喜んで通っていました。

 

 

ところが、です!ガーン

 

 

娘が4年生くらいになった時、急に主人が、娘は

中学は私立に通わせる、と言い出しました。

 

 

そのために、塾に入れるように言ってきたのです。

 

 

何度も、私は反対しましたが、聞き入れて

もらえず、また、娘も強く反発しなかったので、

せっかく慣れた陶芸教室も、1年もたたないうちに

辞めることになってしまったのです ガーン

 

 

芸術への道、美術方面に行かせたい、

それがいい、という私の思いは、

閉ざされたかに見えました。えー

 

 

しかし、なんと、娘は学芸員の資格を取り、

広島、呉美術館で修業を積み、今は都内の

美術館で働いています びっくりマーク

 

 

陶芸教室を辞めて、塾に通った娘は、、結局は

私が思った通りの芸術、美術の方面で

働いているのですびっくりマーク

 

 

私は、「私って、ナイス!だわ」

と、密かニタニタしました  爆  笑

 

 

この、学芸員の資格をとることになったのも、

私が行った渋谷の小さな美術館で、展示物の

説明をしている人が、暇そうで! 

こんな仕事あるんだ、ならば・・・、と思い、娘に、

「おもしろそうだし、楽そうだから!

(なんと失礼な)、

資格取ってみたら、絶対いいから」

(私は、人に勧めるときいつも、こう

言ってしまいます、、、

(なんと、無責任な、、、)

と勧めて取らせた資格ではありました、、、。

 

 

中学受験で断念した娘の美術への道は、

最後に、こうして実を結んだのでした!笑

 

 

このことを考えるたびに、なんとなくではあった

親の直感、子どもを見抜いた、この子をこう

行かせたい、という私のエゴも、悪くはなかった

と、思ったりします。飛び出すハート

 

 

今の時代の、子どもの意見を尊重する親御さん

たちからすれば、とんでもないと、お叱りを

受けそうですが、、、、、爆  笑