峰の湯温泉は、熊野三山や玉置山、吉野、高野山とおなじく、
有史以前から存在し、日本最古の湯と言われている。
熊野御幸でも必ず天皇家はこの湯を立ち寄ったといわれる。
温泉のすぐそばの売店でビールを飲む。
最近は玉子を買わずに、途中のスーパーで買ってくる客が増えて、
なおかつ、賃料もあがっているから店を休めないという。
温泉の前の売店はセリで3年間の権利を争奪するしくみらしい。
熊野は古道歩きというお金のかからないレジャーであり、
民宿や売店にお金を落とさなかったら観光地としてなりたたない。
途中のスーパーでお酒などを買い、観光地でゴミを落とすなんて言語道断だ。
私はせめてもの償いとしておでんを食べた。。
一時間後には夕食の時間だというのに。
そこから30分、舗装道路を歩き、K温泉につく。
宿には、東京からH氏が来ていた。
H氏と川の風呂へ入り、飯を食べる。
ちょうどO氏も隣におり、T神社の話をすると、
明日登山口まで、つれていってくれるという。
T神社は十津川温泉にあるのだ。
それからまた川の風呂に入る。
何十メートルの川が風呂になっているわけだから、
当然泳ぎたくなる。
勢いよく温泉を泳ぐ私はゴツンという音に見舞われた。
おでこから血をふいた。
宿にもどるといちいち、それを笑われた。
ズキズキする頭をさすりながらH氏と酒を飲み、気づいたら寝ていた。
あくる朝、風呂に入り朝食をすませ、仕事に出るO氏と一緒に車にのる。
H氏には、峰の湯温泉からの古道をすすめ、本宮で会おうと約束しておいた。
折立というところで車をおり、T山への登山を開始する。
海抜200メートルから一気に1000メートルをあがるわけだ。
途中で飲み物を持ってきてないことにきづき。
2時間後に山頂近くのT神社につく。
実は車でもいけるということもあり、観光客がすでにいる。
T神社にはたくさんの縄文杉がうわっている。
信仰の対象とされていない縄文杉もたくさんうわっている。
昔の人は、気のある杉と気のない杉を見分けていたのだろう。
普段の我々だと見過ごしてしまうはずの杉に、社が築かれ、
私たちはお参りをする。よくもこんなところまで木を拝みに参拝したものだ。
地元の人も時間があればT神社は絶対お参りしろという。
T神社でお参りしたあと、お神酒をのみ、すすぎ場の水をひしゃくでがぶ飲みした。
T神社は吉野の金剛峰寺から熊野につながる、大峰奥駈道の途中になる。
私はあと15KMという案内板が指し示す、熊野本宮へ向かう。
熊野御幸は田辺からの道であり、この古道は有史以前からある修験道だ。
だからいちいち稜線を伝ってピークを超えなくてはならない。
またくだるのか、またあがるのか、の繰り返しだ。
本当に疲れてくる。足がいたい。
おまけに、猿がいちいち驚かす。
次第に私は、なんでここを歩いているのだろう。
何が私を熊野古道にかきたてたのだろう。
古道を歩くほどに私は追い詰められたのだと思うようになった。
2時間ぐらいですでに喉がからからになった。
途中で、東京のY氏からのケータイがなった。
「まだ修行中ですか。」
「まだ熊野に来たばかりだぜ。で要件はなに?」
「いや、いいです。」
ちょうど遭難したらどうしよう、と思ってたばかりのことだったので、
これもまた神の仕業かと思いながら、ガムシャラに歩いた。
何回も歌をうたった。熊の後ろ姿を見てから、できるかぎり大声をあげた。
遠くに大斎原の大鳥居が見えてきた。
少しずつ近くなっているのはわかるが、
まだ稜線を歩き、上に登るピークもある。
途中なんどかH氏から電話がかかった。
「あとちょっとでつきます」なんどもそういった。
最後の最後のところでトイレがあり、そこに水道があった。
これほど水をガブ飲みしたのはいつ以来だっただろうか。
それほどうまくもない水の滝に何分も口をつっこんでいた。
ついにクダリモードとなった。
足の皿がすでに痛い。アキレス腱もやばい。
ゆっくり降りる。
もう四時を超えていた。
ようやく川に出てきた。
なんと、この古道は川を渡ることになっていて、
途中で道が消えていた。
H氏に電話をした。
「もうすぐそこまできてるんです。でも川を渡らないといけない。」
「自分はどうすればいいですか。迎えにいきましょうか。」
「いや、そこで待っててください。」
それからはだしになり、川に足を入れる。
とても冷たい。
しかも石が痛い。
石がつるんとすべる。
おもった以上に川を渡るのに時間がかかった。
大斎原を参り、H氏と合流。
もうバスがないと、タバコと歯磨きを買ったお店のおばさんに言われる。
本宮にも寄ることにしようと提案。
もうすでに夜となり、電灯のない寺の階段をケータイの光で照らし、参拝。
「K温泉へは最初の信号を右、次の信号を左だよ」と言われたことを忠実に
スタンドバイミーのように夜道を歩く。やはり街灯はないので、ケータイで照らしながら。
信号二つではあるが、5キロは歩いた。
古道に比べ、舗装道路のなんとも歩きやすいことか。
フォード万歳と思った。
宿に帰ったら、女将に怒られた。
O氏もレスキュー隊に電話しようと思うたところだったとワラっていた。