組織学習経営コンサルタント池本克之のブログ「今日も絶好調!」

組織学習経営コンサルタント池本克之のブログ「今日も絶好調!」

ドクター・シーラボとネットプライスの2社を上場させた池本克之がビジネス哲学やライフスタイルを発信するブログです。

経営者には、必ず「判断軸」がある。
正確に言えば、

判断軸がなければ経営は成り立たない。
 

私のところには
「この判断で合っていますか?」
「どう決めたらいいのか迷っています」
という相談がある。

これは能力の問題ではない。
むしろ人を大切にし、

真面目に経営に向き合っている社長ほど、

この悩みを抱えている。
 

理由は明確である。
感情や情が、

判断に入り込んでくるからである。

人間である以上、情があるのは当然だ。
長く一緒に働いてきた社員、
苦しい時期を支えてきた幹部、
簡単に割り切れない気持ちが生まれるのは

自然なことだ。

しかし、経営判断において
感情が数字より上に来た瞬間、
会社は確実に弱くなっていく。

経営判断の基本は、やはり数字である。
売上、利益、粗利率、

固定費、労働分配率。
加えて、
一人当たり売上、

時間当たり生産性、KPI達成率。
 

まず確認すべきは、これらの数値である。

数字は正直である。
「頑張っている」
「真面目である」
こうした言葉は、数字の代わりにはならない。

業績が下がっている。
KPIが未達である。
それにもかかわらず
「気持ちはあるから」
という理由で判断を先送りする。
この積み重ねが、会社の体力を静かに奪っていく。

強い会社の経営者ほど、判断が早い。
そして、その判断理由が明確である。
 

なぜその決断をしたのかを、

数字で説明できる。

さらに重要なのは、
その判断軸が

社長一人のものになっていないことである。

強い会社では、
部長も課長も同じ数字を見ている。
同じKPIを基準に判断している。
そのため現場の判断が速く、ブレない。

弱い会社はその逆である。
部署ごとに基準が違い、
上司ごとに判断が変わる。
 

結果として社員は
「社長はどう思うだろうか」
と顔色を見るようになる。

これではスピードは出ない。
責任の所在も曖昧になる。

判断軸とは、精神論ではない。
価値観だけの話でもない。
数字で共有できる共通言語である。

私はべつに感情を排除しろ、

と言っているわけではない。

ただし順番がある。


数字が先であり、感情は後なのである。
この順番を守れるかどうかが、

経営者としての分かれ道となる。

社長の仕事は、

常に正解を当てることではない。
 

判断の基準を示し、

それを組織に浸透させることである。

判断軸を持つ会社は強い。
判断軸が数字とKPIで共有されている会社は、、、

さらに強い。

今回の選挙は
女性の立候補者が以前より増えているとのことで、
4人に1人という割合だそうだ。


これは社会の流れとして、ひとつの変化なのだろう。

経営者の立場として、
ここは冷静に見なければならないと感じている。
「女性だから評価される」
「女性を増やすこと自体が目的になる」

この考え方は、組織も社会も弱くする。

会社経営でも同じだ。

女性管理職を増やすことが目的になった瞬間、
現場はおかしくなる。

必要なのは数字を見て判断できる力、
人を動かし、

結果に責任を持てる力、
そして逃げずに決断する胆力だ。

それが女性であろうと
男性であろうと、関係ない。

結果を出せるかどうか、それだけだ。

この国は、昨年、

初の女性総理が出たわけだが
評価されるべきなのは性別ではなく、
どんな判断をし、
どんな責任を背負い、
どんな結果を出しているか、だ。

これまで私は
多くの女性経営者や管理職を見てきた。

活躍している人には共通点がある。

本当に実力のある女性ほど、
「女性だから選ばれた」と思われることを嫌がる。

それは、自分の努力を軽く見られるからだ。
自分を「女性だから」と言い訳にしない。
むしろ誰よりも数字に厳しく、
決断が早く、
行動力が多く、
責任感が強い。

逆に伸びない人ほど、
「女性だから理解してほしい」
「環境が悪い」
そうした理由を口にする。

経営の世界は甘くない。
結果が出なければ、次はない。

これは男女平等ではなく、
結果平等の世界だ。

だから私は「女性活躍」という言葉には
違和感を覚える。
自分が女性の活躍について、話す際も
気を付けてこの言葉を使うようにしている。

女性活躍という言葉が一人歩きすると、
努力しなくても評価されるような錯覚を生む。
それは、本人の成長を止める。

「女性社長(社員)だからすごい」のではない。
「結果を出している人がすごい」のだ。

選挙も同じだと思う。
理想論では国は動かない。
現実を直視し、痛みを引き受け、
批判されても決断できるか。

これは経営者とまったく同じ資質を
問われている。

女性だから期待するのではない。
男性だから外すのでもない。
「この人に任せて、
責任を取ってもらえるか」
そこが重要である。

社会も、マスコミも
こういった目線を持つべきだ。

社長と話していると、よくこう聞く。
「理念はちゃんと伝えています」
「理念経営をやっています」


だが社員に聞くと、
ほとんど理解されていないケースが驚くほど多い。
これは例外ではなく、むしろ普通だ。


社長にとって理念は、
意思決定の軸であり、判断基準であり、
長年考え抜いた「自分の答え」だ。
だから、話せば伝わると思ってしまう。


しかし社員にとって理念は、
壁に貼られた言葉、
朝礼で聞く話、
評価とどう関係するのかわからないものにすぎない。


決定的な違いは一つ。
理念が使われていないのである。

理念は説明するものではない。
判断に使わせるものである。

・なぜこの仕事をやるのか
・なぜこのやり方を選ぶのか
・なぜ今回は断るのか
・なぜこの人を評価するのか


こうした場面で理念が出てこなければ、
どれだけ語っても共有されたとは言えない。


理念を「伝えているつもり」の会社ほど危険だ。
自分がわかっている分、
相手もわかっていると錯覚するからである。


はっきり言う。
理念は現場で使われていなければ、存在していない。


社員が
「それは理念に合っていますか?」
と口にし始めて、初めて共有は成立する。


社長が問うべきは、
「理念は伝えたか」ではない。
「理念は行動と判断に使われているか」
この一点である。



昨日1月22日、
東京ニュービジネス協議会主催セミナー
「人を採れない時代に採れる会社になるヒント」
にて、講演の機会をいただいた。

会場は東京・南青山。
50名もの経営者の皆様にお集まりいただき、
最後まで非常に熱心に耳を傾けていただいたこと、
大変嬉しく、感謝を申し上げたい。

今回の講演では、
「なぜ採用しても人が辞めてしまうのか」を軸に
私の失敗も交えながらお話しさせていただいた。

採用がうまくいかない原因を
求人手法や条件面だけに求めてしまうと、
本質を見誤ってしまう。

重要なのは、
心理的安全性が担保されているか、
会社としての価値観が
きちんと共有されているか、
つまり組織設計そのものが大事になる。

「人を採る」という行為は、
単なる人数補充ではなく、
会社の未来をどうつくるかという
経営そのもののテーマである。

今回集まられた経営者の皆様は、
非常に勉強熱心で、
自社を本気で良くしようと考えておられた。
その空気の中でお話できたことは、
私自身にとっても大きな学びであった。

このような素晴らしい機会をいただき、
改めて感謝申し上げます。

「社員が意見を言わない」
そう嘆く経営者は多い。

意見が出ないのは、
社員の問題ではない。
経営者と上司の問題だ。

言えない空気をつくっておいて、
「もっと発言しろ」は通用しない。

この間、おもしろい取り組みをしている、

IT企業の話を聞いた。

その会社では会議の最初に、
必ず“失敗共有タイム”の時間を設けている。

しかもトップバッターは
部長や役員と決まっている。

「今週の私の失敗はこれです」
「判断を急ぎすぎました」
「部下の話を最後まで聞けなかった」

上の人間から恥をかく。
この順番が決定的に重要だ。

日本の多くの会社は逆をやっている。

上司は安全地帯にいて、
部下にだけ本音を求める。

そんな会議で誰が口を開くのか。

社員は敏感だ。
一度でも否定され、
一度でも笑われれば、
二度と意見は出なくなる。

このIT企業では、
失敗を“減点材料”にせず、
むしろ、共有した人を評価した。

結果、提案件数は1年で2倍。
若手が自分から手を挙げる組織に変わった。

私はこの話を聞いて、
経営の本質を見た気がした。

社員に勇気を出させたければ、
まず社長が勇気を出せ。

完璧な上司を演じるな。
強いだけの社長でいるな。

人は正しさでは動かない。
人間味で動く。

厳しいことを言うが、
会議で意見が出ない会社は、
すでに負け始めているといえる。

現場が考えることをやめた組織は、
必ず競争力を失う。

「最近の若手は消極的」
などという愚痴は通用しない。
口を閉ざさせたのは、
会社の歴史と文化かもしれないのだ。

経営者がやるべきことは単純だ。
・最初に否定しない
・上から失敗を語る
・発言を評価に入れる

これを本気で続けること。
一度や二度のパフォーマンスではダメだ。
文化になるまでやり切る。

意見が出る会社は強い。
出ない会社は弱い。

これは精神論ではなく、
経営の勝敗を分ける現実だ。

社員に変われと言う前に、
まず上が恥をかく必要がある。

そこからしか、
本当の組織改革は始まらない。

たいてい冷蔵庫には
使いかけの食材がある。

少しだけ残った野菜、
賞味期限が迫る卵、
半端な調味料、
いつか使おうと買ったソース類、など。

一見すると、
どうにも使い道がなさそうな
組み合わせであるが、
それらを工夫して調理すると、
思いがけない一皿が生まれる。
こういう料理は、
レシピには載っていない
「経験と創意の産物」である。

いきなり残りのおかずの料理の話を
したいわけではなく、
これはビジネスも同じであるということ。

何かを始めようとするとき、
多くの人が「新しい材料」を求めがちである。
新商品や新設備、新しい人材…。

だが、本当に必要なのは
「今あるものに目を向けること」ではないか。

社内には、
眠っている仕組みや、
過去にボツになったアイデア、
くすぶっているけれど力のある人材が、
少なからず存在している。

「足りない」と嘆く前に、
「すでに持っているもの」を
掘り起こす視点が必要である。

私が経営者に対して常々伝えているのは、
「なんでもゼロからつくるのではなく、
既存のものを見直す、
既存のものを活かす」
ことである。

その方が早く、安く、
そして会社の文化に合った形で
成果が出やすい。
たとえるなら、
残り物で絶品をつくる感覚である。

重要なのは
「どう組み合わせるか」
「どう味付けするか」だ。

つまり、経営者の創意と決断である。

それがあれば、
たとえ不完全に見える材料でも、
立派な武器になる。

冷蔵庫の残り物を活かせる人は、
無駄を恐れず、
活かす力を持っている。

同じように、
会社のリソースも、
見方次第でいくらでも輝く。

冷蔵庫をのぞく時間があれば、
ぜひ、会社の中の「使い残し」に
思いを巡らせてほしい。

そこには、
新しい価値が潜んでいるかもしれない。

新年が明け、
まだ1月も10日ほどしか経っていない。
とはいえ、仕事始めを終え、
打ち合わせや出張が入り、
ビジネスは確実に動き始めている。

このタイミングだからこそ、
今年の空気感のようなものが、
早くも見え始めている気がする。

2026年を見据えて世界の動きを見ていると、
日本の立ち位置について
考えさせられることが多い。

特に「物価上昇と賃金引き上げのスピード」である。

海外ではインフレを前提に、
賃金も価格も動いている。

一方、日本では物価は上がったが、
賃金は思うように上がらない。
このズレが、
じわじわと社会全体に影を落としている。

日本の企業は
決して怠けているわけではない。

むしろ真面目で、
慎重で、
顧客や社員への配慮も強い。

ただ、その慎重さが
「決断の遅れ」に
つながっているようにも見える。

価格を上げればお客様が離れるのではないか、
賃金を上げれば会社がもたないのではないか。

そう考えているうちに、
時間だけが過ぎていく。

結果として、
賃金が上がらない会社には人が集まらず、
人が集まらないことで生産性も上がらない。
すると、さらに賃金を上げられない。

年明け早々、
そんな相談を受けることが
増えているのも事実だ。

世界と比べて、
日本が特別に条件が悪いわけではない。
同じような課題を抱えながらも、
決断し、
動いている国は多い。

違いがあるとすれば、
「変わることを受け入れる覚悟」なのかもしれない。

日本は丁寧で
質の高い仕事ができる国だ。
その強みは今も変わらない。

ただ、これからの時代は、
そこにスピードと決断が求められる。

物価が上がるなら賃金も上げる。
賃金を上げるなら価格も見直す。
その痛みをどう引き受けるかが、
経営者に問われている。

2026年は
「そのうち何とかなる」という考えが
通用しなくなる年になる。

新年が動き出した今だからこそ、
この現実を直視し、
一つずつでも行動を始める必要があると
感じている。

政治の話題、事件、事故、国際情勢。
世の中を見渡せば、
毎日のように何かが起きている。

世界でも年始から騒がしい。
今この瞬間も、
良いことも悪いことも同時に進んでいる。


それが世の中というものだ。

テレビをつければ刺激的な見出しが並び、
ネットを開けば
不安をあおる言葉が飛び込んでくる。

知らず知らずのうちに心がざわつき、
自分にはどうにもできない出来事に
感情を揺さぶられてしまう。

だが私は、そこに必要以上に
反応する必要はないと考えている。

大切なのは、
起きている事実を知ることと、
それに振り回されることを
分けて考えることだ。

情報は知ればいい。
しかし、

すべてを自分の感情の中に入れる必要はない。

世の中が不安定だからといって、
自分まで不安定になる必要はない。

そのために必要なのが、
自分の核となる考えや意識である。
何を大事にして生きるのか。
どんな判断軸で物事を見るのか。

それが定まっていれば、
外の騒音は単なる情報になる。

経営も同じである。
景気、政治、為替、世界情勢。
外部要因は常に変わり続ける。
それに一喜一憂して舵を切り続ければ、
会社は疲弊する。

だからこそ、
ぶれない軸を持ち、
淡々とやるべきことを積み重ねる。

世の中の流れを完全に無視する必要はない。
だが、流される必要もない。


自分の足元を見つめ、
今日やるべきことに集中する。
その積み重ねが、結果として強さになる。


騒がしい時代だからこそ、
「静か」を選択する。

ひとつの重要な決断だ。

2026年、
経営においていっそう重要になるのは、
「何をやるか」ではなく
「何をやらないか」を
明確に決めることだと感じている。

ビジネスの環境は、
これからさらに二極化していく。

伸びるものは一気に伸び、
そうでないものは
静かに、しかし確実に沈んでいく。

その中で最も危険なのは、
中途半端な立ち位置である。

少しやる。
一応やっておく。
とりあえず残しておく。

こうした判断は、
一見リスクを避けているようで、
実は最も大きなリスクを
抱え込んでいる状態だ。

なぜなら、中途半端な事業や施策は、
確実にリソースを奪うからである。

人、時間、資金、
そして社長の思考力。

それらが分散された瞬間、
会社の強みは薄まり、
どの分野でも勝てない体質になっていく。

2026年以降、
「そこそこ良い」では生き残れない。

お客様は
明確な価値を持つ会社しか選ばなくなる。
例えば、
安いか、
圧倒的に専門的か、あるいは
唯一無二の体験を提供できるか。

そのどれにも振り切れない会社は、
選択肢から外されていく。

だからこそ、
やらないことを決める必要がある。

売上はあるが、
伸び代のない事業。

忙しいが、
利益が残らない仕事。

人を疲弊させるだけで、
会社の未来につながらない業務。

これらを
「もったいない」という理由で
抱え続けることは、
未来を削っているのと同じである。

やらないと決めることは、勇気がいる。
短期的には、売上が減るかもしれない。
周囲から理解されないこともある。

しかし、やらないと決めなければ、
本当にやるべきことに
集中できないのだ。

経営とは、選択と集中である。
そして集中とは、選択以上に
「排除」の精度で決まる。

2026年は、なんとなく続けているものが
会社の足を引っ張る年になるといえる。

逆に言えば、
不要なものを手放した会社ほど、
スピードと力を取り戻す。

中途半端は、もっとも高くつく。
覚悟をもって
どちらかに振り切った会社だけが、
次のステージへ進める。

やらないことを決める。
それは守りではなく、
最大の攻めである。

2026年を強い年にするか、
苦しい年にするかは、
いま何を手放すかでほぼ決まってくる。

任せられない社長は多い。


理由を聞くと、
だいたい同じところに行き着くのです。


気になる、
自分がやったほうが早い、
自分ならできてしまう。


つまりこれは能力の問題ではない。


感情と習慣の問題ですよね。