イランとの戦争を止めるために
イランとの戦争を止めるためにできること池間龍三 2026年2月28日アメリカとイスラエルがイランを攻撃した。それにイランが反抗し戦争が続くなか、2026年4月12日からアメリカとイランの交渉がパキスタンで始まった。 3月のことだが、国会で問われた首相が、「アメリカとイスラエルの攻撃が、国際法違反かどうかを判断する情報を持ち合わせていない。」と答弁していた。その見解はこの原稿を書いている4月下旬の時点でも変わらない。 私は、首相の答弁は正しいと思う。「国際法違反」といえるかどうか、ニュースの情報だけで、判断するのは危険だ。総理が答弁したように、情報を収集し事実関係を精査したうえで判断しなければならない。さらに、一国の総理大臣とはいえ、過去の事例、国連憲章に照らしてそれが自衛のための先制攻撃として認められるかどうかを判断する権限は与えられていない。 現在中東で行われている攻撃の応酬が、国際法違反かどうかを判断できるのは、一国の首相や大統領でも国連安保理でもなく、国連の機関である国際司法裁判所によってなされなければならないはずだ。 しかし、国連の安保理は常任理事国の拒否権によって機能不全に陥り、国際社会では法の保障が機能していない。何よりも、国際司法裁判所は、当事国双方の提訴がなければ国家間の問題を取り上げることができないうえに、判決が強制力をもたない。また、国際刑事裁判所は、訴えがなくても捜査し逮捕状を出せるが、それが執行されずに市民を殺し続けている首長がいるように無力である。まるで、西部劇の「リバティ・バランスを射った男」の世界のようだ。 さらに、もっと問題なのは、私たち世界市民が、国連をはじめそれらの関係機関に期待していないことだろう。 国家間で司法が機能しない原因は、裁かれるのが国民に選ばれた代表であり、自国の軍隊を動かすまでの権力をもつ彼らは、自分より上位の権威で裁かれることを望まないからである。 例えば、イランの内政に干渉していることをトランプ大統領は公言しているが、それが内政不干渉だという国際ルールに触れることを、彼は無視してよいと考えている。 もし、国際法違反であるという判決を国際司法裁判所が出したとき、トランプ大統領は逮捕され、裁判の結果によっては牢屋につながれなければならない。しかし、民主的な手続きを踏んで国民に選ばれた大統領を拘束することが、内政干渉になってしまうという矛盾が生じる。 また、その時、だれが逮捕し、裁判にかけるかという問題がある。あいては、軍隊を動かす権限をもつ首長だ。トランプ大統領が公言する「世界最強の軍隊」を動かす権力をもつ。 首長を逮捕するためには、それ以上の力をもつ警察力が必要であり、それを指揮する「権力者」が必要なのである。それをフォッブスは、「リヴァイアサン」と名付けたのである。だが、それは当時の君主制を支持するものと考えられ否定された。 その後、カントによって世界連邦構想が出される。それを具現化したのが、世界連邦である。生まれたのは、第二次世界大戦後の1946年。世界の知見を集めて提案され、日本でも国会議員の中に賛同者をつくり組織化されたが、残念なことに現在ほとんど実態をなくし、おそらくその存在を知っている日本国民は、ごく少数だろう。 しかし、あきらめることはできない。いや、今こそ「リヴァイアサン」の登場を必要としているときだと考えている。リヴァイアサンは、民主主義社会においては、主権者であるあなたなのだ。私たち市民が「リヴァイアサン」となって、「リバティ・バランスを撃った男」の時代を先に進めなければならない。 ハリー(ヴェラ・マイルズ)が、トム(ジョン・ウェイン)でなく、ランサム(ジェームズ・スチュアート)を選ぶというストーリーは、暴力でなく、法の保障の下でこそ、女性を含む弱者は解放され、人間性を輝かせることができるという真理を、トムの失恋の悲しみの上に描きだしている。 いま、私たちにできることは、直ちに攻撃を停止し、国際司法裁判所に当事国が提訴し、その判決に従うように呼びかけることを高市首相が国連に訴えるように、声をあげることだ。