与那国と戦争 絵本「やくそく」(その12)
戦争が長引いて、兵隊に行ったお父さんは何年も帰ってきません。 お母さんは、すっかりつかれてしまいました。これまでお父さんがしていた力仕事をしなければなりませんし、戦争のために食べ物や着る物など、生活に欠かせない物が不足していたからです。それだけでなく、鉄などの資源がない日本は、武器をつくるために、使っていない鍋や釜まで出さなくてはならなくなってしまいました。 戦争のために生活が苦しくなって、戦争はいやだと思う国民が増えるのをおそれたのでしょう。軍部はこの戦争は「アジアの植民地を解放する正義の戦争」だと、さかんに宣伝しました。映画会社に戦争の映画をつくらせたり、画家や作家にも戦争を題材にした作品をつくらせたりしました。 このようにして、戦意高揚(せんいこうよう)、つまり国民の気持ちを奮い立たせ、戦争を続けたのです。 一九四三年三月、與那国村の村長はティンダバナに戦意高揚の詩碑(写真)をつくりました。(続く)