暮らしと算命学*
「令和と平成の違い」
「人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つ」
2019年4月1日に発表された新元号、発表の前には「今度はどんな名称なのだろう?」と、あなたも注目や期待を込めていたと思われますが、いざ発表された途端に「ええ?」「令和?」、「何それ?」私も文字を見た瞬間に、違和感を覚えました。
34年前に、昭和天皇が崩御され、急遽発表された「平成」の時は、平成の文字を目にした途端に、ああ「平和を成し遂げるんだな」と直感的に感じたものですが、当時は昭和の戦争を引きずっていましたから比較的すんなりと受け入れたような気がします。
*令和時代は「陽」の時代
比較的世の中が安定した平成だっただけに、今後の日本が海外に向けてどんなメッセージを元号に込めるのか、内心期待が膨らんでいたところに「令和」が登場してきたのです。
「令和」の「令」は命令的なイメージが強く、「命令に対して和を以て実行せよ」とのお上から、通達されたような感じでした。
発表後の世論も様々で、平成の時とは大きな差があり、国民のお上に対する抵抗感が強く、総理官邸にまで抗議で乗り込んだ右翼もいたようです。
それこそ「令和」の意味を「冷静」に考えれば、「なるほど」と頷ける内容ですが、私なりに考えて見ると「異常干支」の影響かなとも感じます。
戊戌(2018)~己亥(2019)~庚子(2020)と、3年間異常干支が連なりますから、世の中が「異常」に包まれている中で有識者が考え、従来とは違った手法で「万葉集」を対象にしたのも、このように「異常な思考」として、現れているのかも知れません。
こうした抵抗感を乗り越え、何れは「令和」に徐々に親しみ、馴染んで行くのだろうと思いますが、違和感のある元号には違いありません。
*平成から令和時代へ
ここで、あなたとは別の角度で、「平成から令和」を捉えて見たいと思います。
平成/1989年1月8日(陰の時代)
戊 辰
乙 丑
戊 辰 *戌亥天中殺
特長
①土性過多(土性5、木性1=木剋土)
②戌亥天中殺(現在の欠落)
③戊辰の律音(山が震える)
国内情勢
*震度7以上の地震が多発(北海道、阪神、東北、熊本)
*サービス業の躍進(女性の飛躍、集団性)
*男性が女性化(オカマの躍進)
*国内空洞化(企業は海外へ)
*消費税導入(3%~10%)
*デフレ時代(収入低下)
*天皇陛下の譲位(勇気ある決断)
令和/2019年5月1日(陽の時代)
己 亥
戊 辰
戊 戌 *辰巳天中殺、辰巳生月天中殺
特長
①土性過多(土性5、水性1=土剋水)
②辰巳天中殺(心の欠落=現実へとシフト)
③異常干支2個所有(己亥、戊戌)
国内情勢(予測)
①中央集中型へシステム化(生活モデル)
②消費エネルギーの効率化
③国土中央部の災害(地震、噴火、津波、浸水、火事、爆発)
④システム化されたサービス
⑤日本文化の異常性(新しい文化の創造)
⑥教育改革、政治改革、生活改革など各種のイノベーション
*令和時代へ期待を込めて
令和時代で一番危惧しているのが中央部の災害です。
そして気になるのが、「異常干支2個」所有です。
まず災害を取り上げれば、平成時は日本列島の端の部分で起こっていましたが、今度は中央部の災害です。
関東、東京、名古屋周辺は「日本の動脈」が走っており、新幹線、在来線、高速道路などが主要都市を結んでおり、電気、ガス、水道のライフラインが分断されたり、富士山の噴火や地震災害となると、想定外の規模となり、復旧も容易ではありません。
元号は時代の継続性がありますから、新しい時代になったからと言って全て新しく変化するわけでもなく、令和は平成から生まれた「令和」と位置づければ、平成とのつながりが見えてきます。
そこで、通常の親子の関係では、子供の命式中に両親のどちらかの干支と共通点が見られることです。
この場合、親子の共通干支と言うのは、「律音」、「納音」、「大半会」の3種類ですが、平成の母親に「戊辰」が2個もあり、その子供(令和)にも「戊辰」が受け継がれております。
これは、「戊辰(山が震える)」とすれば、災害は親子に引き継がれ、「災害はまだ終わってませんよ」と言っているようなものです。それだけに不気味な要素があるのです。
*異常干支の特長
年干支の「己亥」は、身体の異常性。
本来は身体の柔らかさや堅さに特長があるのですが、本来の人間は環境の変化に適応する能力を備えていますが、平成時代に安定した生活や動かない豊かな生活をしていると、急に動きが伴う災害などには適用し難くなって参ります。
当然慣れ親しんだ環境が激変しますから、予期せぬ体調の変化に気付かなかったり、対応が遅れたりすると、忽ち生命が脅かされる事態になるかも知れません。特にお年寄りは注意です。
また「戊戌」も異常干支ですが、通常は「教養」を身に付けると異常性が現れる・・・。
「令和」の意味の「人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つ」と言うのは、正に「戊戌」の性格そのものです。
この「戊戌」は、5月1日の干支(日干支は自分そのもの)ですから、新天皇そのものが率先してこの意味合いを引き継いでいるものと解釈できます。
*辰巳天中殺の「心の欠落」
辰巳天中殺とは本来は「トップの座」とも言われるような位置に存在していますが、天中殺の図式で言えば「自分の心」の場所です。そこが欠落しているために、またそれらを補うため「現実」「行動」へとシフトしているのです。
上手く自分の考えや想念を、相手に分かりやすく伝えていく部分が欠落しているために、言葉より「身体で表現する」行動になる図式です。
この症状から推察できる「令和」は、黙々と目的に向かって目の前の出来事に対応する、行動力が中心になることでしょう。
「人々が美しい心を寄せ合う」場で、辰巳天中殺の良さがあり、心地よく燃焼するするエネルギーなのです。
しかし、その度が過ぎると「強制的」であったり、「命令的」であったり、「高圧的」になるやも知れません。
いずれにせよ、異常干支付きの辰巳天中殺ですから、しかも宿命的には「辰巳生月天中殺」ですから、家系のはみ出し的要素も持ちます。
当然のように普通の辰巳天中殺ではありませんから、そこに異常性がプラス要因として現れるのは確実です。
要約すると、上記のような心情を持ちながら異常がプラスされますから、場合によれば常識や固定観念などを無視した言動は、想定外の「世の中を大きく変化させる」エネルギーとなるやも知れません。
また「令和」は陽の時代ですから、国民一人一人が精神的な満足を求め「心の豊かさ」や「安全性」を具現化するために、中央から地方へと進出したり、住みやすい環境を求めて移住するなど、新しいライフスタイルを模索するようになるでしょう。
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