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 新渡戸稲造博士(1862-1933年)の第一高等学校校長時代の教え子の1人である石井満による『新渡戸稲造傳』(関谷書店、1934年)は新渡戸博士の慈愛についてこう記している。

 

博士は外国人の中でも可哀そうな人、特に学生等に毎月金をやって大学を卒業させたりしていた。博士は青年が好きで、また可哀そうだと思って学資を出したので、その青年が偉くなって、博士に恩返しするとか、日本の為になるという意味でやっていたのではなかった。

子供故に迷ってしまう、そんな子に対する親の愛等大きな愛でないと、人の教育、愛の教育は出来ないが、博士は天がなせる大教育家だった。(377頁)

 

映画「新渡戸の夢」の上映会で、遠友夜学校の設立目的には、明治の日本では、富国強兵の為に人材を必要としており、また国民全体の基礎的教養の向上も必要で、そういう日本の将来も考えての意図があったのではないか、とコメントしたのだが、ほとんどは石井氏の語るような慈愛に基づくものであったのかもしれない。