13世紀末からフランス国王フィリップ4世(在1285-1314年)と教皇ボニファチウス8世(在1294-1303年)との争いが激しくなった。原因はフランスの対英戦争戦費を聖職者への課税で賄おうとしたことにある。教皇は教皇の許可の無い課税を禁じる勅書を出したが、1303年、教皇はフランス王によってアナーニで捕囚の身となって、憤死した。

その後、教皇クレメンス5世(在1305-1314年)が即位したが、アナーニ捕囚から6年後の1309年、フィリップ4世はアビニョン教皇と教皇庁をアビニョンAvignonに移し、支配下に置いた。これをアビニョン捕囚という。捕囚は1377年まで続いた。バビロン捕囚になぞらえて教皇のバビロン捕囚ともいう(『大辞泉』「アビニョン捕囚」、「ボニファチウス」、Britannica Japan Co., Ltd.『ブリタニカ国際大百科事典 電子辞書対応小項目版』(EncyclopædiaBritannica, Inc., 2010年)「ボニファチウス8世」他)。