イケダムネオ人生学習帳 -30ページ目

イケダムネオ人生学習帳

「ことばは感情を変え、行動を変える。行動が変われば習慣が変わり、人格が変わる。人格が変われば、集まる人が変わり、ひとの運命が変わる。」  日々の気づきを言霊に託し、変えてみせます。私の運命。

今後の道筋を考えてみた。結論がでるべくもないが、目論見の甘さを、嘆くだけでなく冷静に観察する必要がある。翻訳については、相手方、すなわち翻訳会社側の立場にたてば、容易に推測できる。ILCのような学校の戯言に惑わされる自分がアホだった。バイオテクノロジーの背景のない、しかもTOEIC800点もいかない50歳のおっさんに誰が翻訳仕事をだすのか。また、そんなことは口がさけてもILCアホ学校のやつらは言わないはずだ。極めてあたり前の対応である。では、翻訳はどうするか?現状ではこれで飯が食えないのははっきりした。翻訳ではなく、英語全般のスキルアップは今後も続けていく。半年後にTOEIC800だ。100点アップだ。これは趣味でもあるし、苦にはならない。

本題は今後10年をどのように食いつなぎ、残りの10年を働き、70歳より子供を助けるボランティアに行き着くかだが。。。だだ、食うだけであれば、今の食品残滓粉砕作業を25日間やれば20万になる。生きるだけだったらそれでよい。タクシーの運転者、警備会社で光るバーを振り回すおっさん。同じだ。生きる望みがなくても、飯を食って、ねぐらがあればそれで人間は生きるのだ。その証拠に路上生活者はなぜか生きている。悲観して自らを死に至らしめるほど深く考えないし、考えたたくもないのだろう。深く考えるよりも、脳の動物の部分が生きろと命令して動物のように路上で寝て、残飯あさって生きる。人間だって動物だ。このままであれば、自分もそうなるだろう。IT絡みの職歴でも、もはや時代遅れで通用しないことも認識しなければならない。あるとしたら情報システム工学での人売り営業だ。そこで行き着いたのが、どうせ人売り営業をやるなら、事業化して、もっと銭を稼げるチャンスがあるオフショア、そしてベトナムというKEYWORDにいきついたわけだ。考え方を変えてみる必要がある。ベトナムを選択する意味は別のところにもある。持家を借家で貸せば、月額3~4万の家賃収入が期待できる。海外にいっても、年金と医療保険料はPAYできる。それであれば、ベトナムで生活して、生活拠点を作れば、60歳で移住しても困らない。年金プラス現在で蓄えでもどうにか食えるかもしれない。つまりは、経済的視点で考えてもこの選択はかなり現実的である。except for the issue of breeding Hannah。。。。

もうひとつの考え方、まだ体力があるうちに、子供助けるためのプロジェクトに専念するか。。。お金は食うだけもらい、あとは生きる。どこまで生きれるかわからないが、65~70歳までは生き延びれるかもしれない。厳しい環境にある子供が幸せになれるために働くのは、尊い。頭は誰でもわかっている。その尊さと自身の俗世への欲がバランスできるかにかかっている。マリアテレサになれるのであれば、とっくになっている。かものはしプロジェクト30歳前半の若い世代が行っている、カンボジア買春防止して、自立するためのプロジェクト。コンセプト・趣旨ともに問題ない。10~20年かける価値はある。

日本で食うだけ、先の望みのない就職はできないと考えている。デキル、デキル、デキル、デキル、デキル、一万回でもいい倒したろうかい。

現在、食品加工会社で野菜の切りカスを処理する仕事をやっている。自給1200円、ある機械を断線させるチョンボをやってしました。誰にでもあるミスと見過ごせない。この失敗は確か数日前に同じことをやっている。その時は断線まで至らなかったが、同じことを二度繰り返してしまった。何が原因か?ひとつひとつの作業の段取りをやる時に、危険でないかどうかの目視チエックを怠った結果がこれだ。どんなに単純な作業でも一日やっていれば、注意散漫な時間帯がある。午後3時過ぎだ。原因を自分で分析しなければ、大きな失敗につながる例だ。必ず回りを注視して、次に進むことが、すこしばかり慣れた時が一番危ないとよく言われているが、まさにこの例。。。

単純作業であっても、動作にはそれなりの意味があって、慣れた人間はいちいち説明などしない。見て覚える。なぜそのようにやるのか?想像を働かせてわかる場合もあるし、実際やってみてわかる場合もある。

それがノウハウというものかもしれない。観察して、推察して行動して。。。まるでビジネスでの所作を同じなのだ。


ベトナム求職。またひとつ先を越された。。。


イケダムネオ人生学習帳
一貫性のある変態にはどうしたらよいのか?いまだにわからない。自分の市場価値をつけようと、浅く薄く行動したきた自分をいまさらながら、提示してみる。


■某DVD-ROM会社への就職(2年3け月。2億2千万の売上ノルマの約半分1億でクビ)

英語が使える、海外にいけるこの2点で新規開拓営業。2年間で新規顧客数は約16社。自分の営業スキルの未熟さがわかったことが収穫。ここでのニッチ化は映像を理解したお皿売りとして、会社と自身の差別化は図ろうとするが、果たせず。このとき、人生初めて、クビを言い渡される。気持ちの整理がつかないほど、追い込まれて何かを始めねばと2006年10月より翻訳講座の受講を始める。従来の思考と変わっていない。手に職をつけようとの発想か。

別の局面では、映像専業でやっている人間は営業はしない。そのような人間に代わって営業をやれる素地は発見した。実際、新規営業で10社ほどの会社と面談して引き合い3件、一件は受注した。冷静に考えるとこうだ。


映像制作のニーズがあるが自前ではソリューションできないし、大手映像制作会社だと非常に高いイメージや、実際に見積もりをとってみて、非常に高く感じている企業。すなわち紙媒体専門の販促を専門にしている企業

のみに絞って、営業をおこなった結果として、一社受注した。ここにはマーケット絞り込みの視点+A氏の制作レベルの質があって初めて実現できたのである。

■某ソフト開発会社(なりはでかいがヒト売り企業)

マーケットの絞り込みができなかったが、ヒト売りで2社受注。ただし、成功事例ではなく、反省事例として記憶せねばならない。売れそうなサービスや製品があったが、やはり最新テクノロジーを知らない限界か。自分自身でソリューションを提示できず、失注。担当SEを掌中におさめられたかったのが敗因。これもはっきりしている。映像でのA氏の場合と違うのは,案件が担当SEの利益を生まなかったからだ。


こうしてみると、自分がやるべきことがなんとなく浮かんでくる。ニーズ(潜在的なものも含む)にあうサービスを

引き合わせることで、お互いWIN-WINになることで、ビジネスを成立させるために、努力し動きまわること。ひとつでも成功事例をつくることで、その分野に精通していく。この流れをはやく作り、実績を作り、参入障壁とはいかないまでも、経験事例で優位にたつことで、戦略の選択肢を広げていくことか。それを継続することで事業化されていく。


ベトナムでのシナリオは:

①現地seの考え方、価値観、レベルを知り、まずは食うための仕事をこなしていく。

②高い技術レベルの仕事を供給しつつ、報酬を多く得れるように仕向けていく。

③ここまでくると、現地seとの人間関係はできているから、独自のサービスへのチャレンジ

①②までくるのに最低でも5年

③までくるのに10年か


①②にくるまでには日本現地でのseの助力が不可欠。彼らにとっても質のよい日本より1/3でできることはメリット。候補者はKちゃんのその周辺、N氏か。