イケダムネオ人生学習帳 -24ページ目

イケダムネオ人生学習帳

「ことばは感情を変え、行動を変える。行動が変われば習慣が変わり、人格が変わる。人格が変われば、集まる人が変わり、ひとの運命が変わる。」  日々の気づきを言霊に託し、変えてみせます。私の運命。

ベトナムでは、中国や韓国と同様に旧暦で正月を迎える。今年はAngkor Wat,Angkor Thomの寺院旧跡観光に

気のおけない連中と2泊3日の旅行。


何の予備知識もなく、いざ出発。ホーチミンより一時間。外国にいく感覚もなく、Siem Reapに到着。カンボジア第二の都市で、観光都市。


街の風景は意外と中心部は都会の風情。中心部のカフェにはいると、ほとんど東京表参道のそれとそん色ない。アジアでこれぼどインターナショナルな場所はないと思えるくらい、中国語、韓国語、英語、スペイン語、インド語(?)フランス語、はたまたロシア語まで飛び交う。ただ現在の経済状況を反映してか、圧倒的に中国と韓国人が多い。特に中国人は海外どこにいっても嫌われていることが、ここでもよくわかる。とにかくやたらでかい声でしゃべり、遺跡にはすぐ触りたがる。やはりこいつらは品がない民族だとつくづく感じる。上海出身の女性の友人が一人いるが、ひとりではそうは感じない。
遺跡はアジアの建築物とは思えない。アーチあり、こんなでかい石をどうやって積み上げたかと思うほどの石の巨大な建造物。石の積み重ねは日本の城のほうがより緻密で精密だが、それでもAngkor Watの一番高い党は高さ60mほどだそうだ。800~1100年頃の建造物らしいが、とにかくスケールの大きさに、感動する。ここには是非皆さん、一度足を運んでください。本当に一見の価値ありです。

3日間ガイドしてくれたlynnさん。日本語は一年半ばかり勉強したそうだが、ほどnativeに近い。気がつく素晴らしい女性だ。月の半分はガイドでそれ以外は電気のない田舎で農作業を手伝っているとのこと。ホテルでの対応もそうだったが、カンボジア人は微笑の民族といわれる(タイか?)ほどにっこりと笑ってくれて、ほっとする。ベトナムホーチミンではまずお目にかかれない笑顔だ。



最終日には、水上生活者のいる湖へ。すごいこと2つ。

ひとつは海上ボートで湖へ向かっている最中、うしろよりすごいスピードで接近してくる小型ボート。なにが起こったのかと、5歳くらいの男子がこちらの船に飛び乗ってきた。手元にコーラなどの清涼飲料水を抱えて。。。

究極の販売方法。競合無、ビックサプライズ、いやがおうにも買わざるえない。この子の教科書代になればと思い、当然ながらコーラを購入。


それと、もっとすごいこと。日本でいる金物タライに乗った子供が近づいてくるとその子は錦蛇を首にまいている。

この湖の島に生息しているらしく、写真を撮れという。1ドル払って記念撮影。どうもその子はベトナムからの子供らしく、湖の水上生活者はほとんどはベトナムからの移住者らしい。

極貧でありながら、ここまでのバイタリテイ。ただただ恐れいりました。ただこの子らが本当に教育を受けて

自立してほしいと願うばかり。

イケダムネオ人生学習帳

イケダムネオ人生学習帳



イケダムネオ人生学習帳

イケダムネオ人生学習帳

イケダムネオ人生学習帳

イケダムネオ人生学習帳

イケダムネオ人生学習帳

ちょうど一年ぶりの日本。とおもいきあ、最初から大チョンボ。1月20日01:30を昼間の13:30と勘違いして

空港についてみると。。。。すでに飛行機は日本に到着しておりました。まったくもって自分の責任だが、これを購入したのが、同じ県人会で初めてあったこれも新米の営業ウーマン。贅沢言えば、勘違いしないようによるの1:30とメモ書きでも残してくれればいいのに愚痴を言ってもあとのまつり。なんかこの営業はたよりないなあとなんとなく感じていたのが、この結果とは。。。。まあ他人のふりみて、わがふり直せの典型パターンです。

とにかくあわてて、アレンジしなおし、当日の深夜の便をどうにか確保。追加200ドル払って福岡往復も確保して

とりあえず安心。だが、甥の結婚式に次いでのイベンドだった、マンモスsoccer大会をキャンセル。すんません。集まってくださった皆さん。来年の1月にはまたやってください。


さて、甥の結婚式、まだ夫婦関係良好なときに、17歳の時に預かった子がもう30歳とは。。。笑顔の素敵な

奥様で、神前挙式とは違った教会結婚式。なかなかよいものです。それよりshalatonの泊まり心地は最高でした。



イケダムネオ人生学習帳

あと、旧グラデボーレで縁ある7人の野郎との懇親会。一番のガキだったナベもすでに32歳で家庭を持ち、最後のとっちゃんのgohがついに昨年結婚。やはり月日がたつのは早いものです。


一年ぶりの日本で、ひととひととの関係にあらためて感じ入る。東洋的、儒教的だと言われようが、人は他人によって生かされ、他人のために生きることが結局は一番幸せになれると本当にそう思う。個人でやれることには

やはり限界というか、視野の狭さというか、本当に心安らぐ時はたぶんない。

ベトナムでこの心やすらぐものを手にいれように本気で思いだした。これがすべての今後20年間悔いなく

生きていくためのモチベーションになるはずだ。



イケダムネオ人生学習帳

ベトナムにきて、今月末で一年。50年の人生の中でも、特別に早く過ぎてゆきました。四季がなく、ほぼ一年が同じ気候と過ごすとなると、やはりめりはりがないのか、一年前も昨日も同じような気候の中で物事が過ぎてゆく。亜熱帯とはこのように時間が過ぎてゆき、じっくりと縦掘りして物事を考え、一方では物事を俯瞰しながら自分の現在位置を確かめるのは確かにむずかしい。


2009年の目標を見てみると、達成されたものはひとつもない。翻訳で飯を食うことは、当時では現実的かつ現状打破の一番手だと考えていたが、これも翻訳学校のあほな輩の口車に乗せられて、短期的に熱中できて充実した時間を過ごしていたいという自己実現要求が、俯瞰の目を意識的に閉ざしていたのかもしれない。

但し、特許関連の和文英訳のバリエーションを広めてくれた米国教師のおかげで、現在のコレポンレベルでは

なんのことはない。日本語より時間はかかるが結構早く構成が複雑な文章が作れるようになった。


ものの本に書かれているように、至極当然。目標を時系列に落として、日々の習慣に落とし込まないかぎり

絶対に無理。それと、目標を達成するまでのマイルストンが見えないと人間は絶対継続できない。

逆にマイルストンがおぼろげながら、見えるまでひたすら、ばかみたくその対象に時間を費やすしかないのかもしれない。


そういうことなのか。顧みれば無駄なことは何もない。

現在の位置、単純な営業作業でとりあえずひとりでは飯がくえるようになった。ただおもしろみはなく、個人が

仕事に向きあううえでのおもしろみ、自分で考えて、設計(これはコンセプトをプラン化する意味含)して、実践してフィードバックして、差異を認識することで、より現実的な方策を実施していくプロセスでないのがおもしろくない。見方をかえれば、人売り商売でもその切り口があるか?


2番目:y氏の学校ねたをどうにか小資本+他人のちからを借りてやれないか?


三番目:あとは日々にやれることはベトナム語の日常会話レベルまでの会話力とネイテヴィブなみの英語力。

最近ドイツ人やシンガポール人ともほぼ対等に会話できるようになった感じている一方、まだまだ表現力には

課題が多し。簡単に複雑なことを言いまわす訓練、ニュアンス、考え方が体得できていない。



四番目:生活レベル、この歳ではかなわぬ願いか。パートナーが欲しい。


つらつらと心に浮かんでは消えていくことを書き留めてみたが、60歳までの人生設計なんぞはできない。

日々大事に生きて、結果どうなるかはわからない。