イケダムネオ人生学習帳 -22ページ目

イケダムネオ人生学習帳

「ことばは感情を変え、行動を変える。行動が変われば習慣が変わり、人格が変わる。人格が変われば、集まる人が変わり、ひとの運命が変わる。」  日々の気づきを言霊に託し、変えてみせます。私の運命。



何かと思われるかもしれないが、写真はフレンチベトナムホスピタルの患者につけられるタグである。
入院から退院または死体になってでていくまでこの認識票で管理される。

10月下旬に、40度の熱とせきが止まらないのでかかりつけのクリニックで診断。
ベトナムで高熱の場合にまず疑わしいのがデング熱、蚊を媒介して感染するのだが、4種類のうちのひとつに
薬が効かず、免疫不能というか2週間あまりで死亡してしまう種類があるらしく、これであればまず助からず
そこでおしまいだったが、診断の結果、インフルエンザh型、さらには肺に転移しているのでここでの治療には限界があるので、施設のある病院に移れといわれるので、フレンチベトナムホスピタルに転院することになった。

この病院、名前はいかにも欧米の専門医が診断してくれるとおもいきや、年の頃30半ばのベトナム人女医、
貴君はいままでこの肺炎の治療をやったことがあるのかを問いただそうと思ってはみたが、初診のときの
顔が完全にテンパっていた。やばいと思いつつも、高熱でうなされてじっくりとものごとを考える忍耐力もなく、これも定めとなかばあきらめの気持ちで彼女の治療を受けることにした。

呼吸がままならないつらさは、ぜんそく持ちのひとにしかわからないと思うが、本当にひとりではなにもできないほとからだがゆうことを効かない。呼吸器マスクを常備し、食事も摂れず、点滴を24時間まる5日間、その間、寝る前にあの悪名高きタミフルを投与される。これがまたつらい。推測ではあるがこの手の最新の薬はピンポイント治療、すなわち細胞単位にウイルス菌を除去する作用があり、アダプターといわれる細胞のインターフェイスを持って、細胞内に侵入して、ウイルスを殺す、つまりその細胞を殺していくはずであるが、これが痛い。肺内部から、金属片でかきむしられるような痛さが続くのである。

不眠が3~4日づづくと人間は完全に思考力を失い、現実と夢想の境がつかなることが初めて体験できたとは言え、死ぬ寸前のつらさを体験した。



12日間入院して、請求書を見るとなんと1万4千ドル、医療保険がなければ払えない金額である。
ここベトナムでは、民間の医療機関では前金か保険がなければ治療が受けられない。金がないと死をまつしかないのである。

日本は、全国民が医療を受けられる幸せな国なのである。











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しばらくぶりで、書き起こす。この数ヶ月は、気持ちが温まる出来事が多く、離婚以来では一番良い時期かもしれない。

さて、9月12日は53回目、かの藤原新也氏(敬愛する写真家、思想家、生き方の先生といってもよい。大学時代に出会った写真集「全東洋街道」を見て、強く放浪したいと思って、現在ベトナムくんだりをうろうろしているのも

その影響か。現在有料会員サイトcat walkで日々、薫陶をうけている。)は冗談か本当かわかないが自分の年齢を忘れているそうだが、ルアーで魚と格闘できなくなったら潔く年齢を受けいるといっているが、まったく同感で

年齢なんぞしかとして、soccerフィールドで走れなくなったら潔く引退するしかないと思っている。


かの地ベトナムでは、誕生日のひとが全員におごるしきたりがあって、なんとなくやりそごそうと思っていた矢先、

HIENさん(日本語英語堪能なすこしこわい女性ですが、いいひとです。ベトナムは女性天下の国です。)が、

「イケさん、誕生日でしょ。」、あとは周囲とベトナム語でペラペラ、ペラペラ、ホーチミンの中心地ドンコイ通りの

マレーシア系デパートのパークソンでブッフェでの会食を18名分振る舞う羽目に。。


誕生日会とは名目だけで、とにかくベトナム人は着飾って、どこでも写真をぱちり、ぱちり。翌日には自分のFACEBOOKにアップして、みんなで見せ合うのが大好きで、昼休みともなると、おたがいのフェイスブックの写真を見せ合いをやっている。


さすがに悪いと思ったのか、ビジネスシャツのプレセントをいただきました。XIN CHAO!!