イケダムネオ人生学習帳 -13ページ目

イケダムネオ人生学習帳

「ことばは感情を変え、行動を変える。行動が変われば習慣が変わり、人格が変わる。人格が変われば、集まる人が変わり、ひとの運命が変わる。」  日々の気づきを言霊に託し、変えてみせます。私の運命。

2015年5月23日に、オースラリアゴールドコーストより旅行でホーチミンに滞在中の
チームと試合をして、その後のget together.


thank you so much, MR.Glen,今度はゴルードコーストで玉けりしませう。






「やばい予測学」よりの引用で興味深いものを数点。

-おむつを買ったらビールを買う。
ドラッグストア数十店での90日間の購買行動分析結果。(オスコドラッグ)
→これはちとおもしろい。
想像するに夕方忙しい時間に料理で忙しいママより頼まれて、買い物にいくが、ビールが切れていることを思い出して購入するのか、またはその帰り道で飲みながら帰宅するのか?


-マックのユーザーは料金が高いホテルに泊まる(予約サイト オービッツ)
マックユーザーは最大30%高い宿泊料金を払う。オービッツは利用OSにより、表示するホテルを代えているそうな。。。
→なんとなく腑に落ちる。快適さへの投資はあまり気にしない層か?これは他の嗜好品でも同じかもしれないなあ。

-購買意欲は時間によって変わる(複数購入サイト)
小売りサイトは午後8時、出会い系サイトは夜遅く、緊急関連は午後1時ごろ、旅行は午前10時を回った直後がにぎわう。

→一日の行動パターンを推測すれば納得。ただ旅行が午前10時とはこれ如何に?
朝いちで緊急メールに返信した後で、緊急性のあるものが旅行の予約とは??不思議だ。

-バナー広告はあなたが思っている以上に影響を与えている (yahoo)
バナー広告を見たひとは関連のある検索をする確率が61%高くなる。検索結果に併せて表示される文字広告をクリックする確率は2.49倍になる。

→いっちゃんワロウタ。ポータル一番ヤフーとgoogle共作のデマコーグか。ただ腑に落ちるのはバナーと文字検索広告の連動で、誘因するロジックはありでしょう。

-遺伝的特徴は妻の浮気を予言する。(ニューメキシコ大学)
遺伝子クラスター(遺伝子解析の分野ではすべてではないが、遺伝子のどの部分がどのような役割を持っているかが同定されている。例えばdnaの何番目のものが特定の病気を発生する因子となっている等)のなかで共通する遺伝子が多いカップルは女性が浮気をする可能性が高い。

→本能的に近親相姦(クラスターが似ているということは、血縁が近い。)を避けるために
浮気をするという、論理。その遺伝子クラスターがやはりあるのでしょうか?
結婚するまえに結婚相談所で遺伝子解析をしてもらい、浮気する可能性が多いのでやめさない??それよりも障害を持つ子供が生まれる可能性を示唆するサービスはありか。

-隠居は健康に悪い(チューリッヒ大学)
ある職種の男性では、退職を1年早くすると寿命が1.8ケ月短くなる。
→これも腑に落ちる。生きる緊張感が大事だということか。死ぬまで働くつもりなので
この心配はないか。

-グーグルの検索トレンドは病気の流行を予想する。(グーグル)
説明の必要なし。
→グーグッていないひとは全世界にいないということか。恐るべしグーグル。しかしこの病気の流行はグーグルは国際機関に提供すべき。



事象の相関性があっても、その事象間の因果関係を証明しているわけでない。ただいくつかの推論を導くことは可能であり、ビジネスには使えるのでしょうね。




久しぶりの駄文を書き連ねる気にになったのは、高村薫さんの「冷血」を読み終わたっての読後感を
すこしでも残したかったからである。
「リビエラを撃て」は邦人が書いた冒険推理小説では間違いなく最高傑作で、この小説を読んで
モーツアルトを聞こうと思い、「照柿」では生きる不条理さが、感情に訴えかけた一番のもので、
「レデイジョカー」でもひとが悪意を抱く心理描写に読みながら震えていたこともある。

事実に基づいた情景描写はもちろんであるが、小説のキャラクターの心理描写がなぜにここまで書き込めるのかと、その人に対する突き詰め方が半端ではないことに驚嘆する。
当代一番の書き手であることに間違いなく、他の邦人作家は、足元にも及ばない。

今回の冷血は、何となく空き巣にはいり、それがその場ののりで強盗殺人それも一家4人を鈍器で撲殺した、どこにでもいそうなクズのの話である。
このキャラクターの井上克己は、現在の論理の不在をすべて体現したような主人公でありながら、すぐれた文学感性を持つ。

その場その場の感情が突出し、ことを起こしてしまうが、その行為を裏付ける感情の起伏、怒り、
悲しみを探すは難しく、その行為だけが投げ出され、宙刷りになってしまう。犯意、故意、殺意は
立証は困難で、だだ撲殺した事実だけがある。そもそも、殺人をおかしたことを刑法上の
構成要件に照らして合わせて、立証していく行為の無為さを感じながらも、立件をすすめていく
警察官、合田雄一郎の思弁が、自身の生き様も含めて気持ちを動かさずにいられない。

人間の行為にそもそも論理性が必要か?論理に訴えて、行いを改めるように説得しても何の効果もなかったことが、この数年続いている身としては、合田の悩みはよくわかる。

検察官は、「死んだ4人に対してすこしでも悔恨は懺悔の気持ちはないのか」との問いに、
「そもそも顔をまともに見たことない人間に、懺悔の情がわくわけがない。見たこともないものを想像して、それに懺悔しようとすることがそもそも、自分にはできない。懺悔の場がわくような相手に対して、殺しはしない。」
筋が通った論理でありながら、一般社会通念では受け入れがたいのは何なのか?
合田は想う。「残された遺族の大いなる不在、穿たれた大きな深い穴をうめる異物が必要だと。」

仮に自分が遺族になった場合に犯人に、懺悔の手紙を書いてもらい、それを受け入れることができる自分がいるとはとても思えない。