ブログを放置して早半年。今日何食った、友達と飯食ったよなどをはなから書く気はないので、
自分がその時に感じ、考えて、どうしても記録に残したいと思う時にしか書かないので、それはそれでよい。
ベトナムに居住して早、3年8け月、一時滞在者の観光気分はとうに卒業し、駐在員のようにベトナムの中の別世界の住人でもなく、ベトナム市井の人として暮らしてきた。食いものは、ベトナム料理のほうがうまいと思い、とんこつラーメンよりもアパート下のアジノモト風味ハノイフォーの味を好んで食すようになっている。ホンダ125ccバイクでホーチミン市内はおろか、近隣のビンズーン、ドンナイ省を走り回り、裏道までわかるようになっている。
昨日、サッカー仲間の某氏がテレビ映像撮影に訪れ、始終、クラクションを鳴らす、落ち着かない街には住めないといってことが、頭では理解していても、事実その鳴らす側として生活している側からすると、クラクションを鳴らさないといけない事情を話すことで、ベトナム人気質を理解してもらおうとしている。
だが、ベトナムの本質を何一つ理解していない自分をよくわかっている。理解不能な恐ろしさを
感じることが最近多くおこっている。先日も知人のベトナム人が、カンボジアとベトナムの国境にあるカジノマフィアに、それも市内の繁華街で拉致された。理由は、カジノの相当の借金を抱えている
オーストラリア人が、知人に1000ドル貸し付けているので、そこから自分の負け分の一部を
回収してほしいと、マフィアに頼んだらしく、マフィアは回収損になるよりはと考えたのか、白昼堂々とそのベトナム人を拉致したのだ。幸い少額だったので立て替える人間がいたらしいが、公安に
いっても、個人間の借財についてはまず公安は動かないから、公安にいっても無駄との判断をしたらしく、バイクでカンボジアに乗り付け、現金交換で奪還したとのこと。
平和ボケしている日本人からすると、理解不能なことが起こっている。白昼堂々と拉致するリスクも顧みずやるベトナム人とカンボジア人はそいつが、仮に死んでもかわりは何人でもいるだろう。
アリが食蜜に狙いを定めると何匹殺しても、いくらでも湧き出でくる。死ぬの当然でそれに対する感情表現はなく、ただ淡々と湧き出て、食蜜を運んでいく不気味さがこの国にはある。ベトナムに来て、だれしも最初に驚くのは道を覆うバイクの多さと雨が降ろうと、進んでいくその姿は
食物に、群がるアリを連想させる。
それが理解できたカーツ大佐は、剃頭をなでながら、天空を見上げて、fearといったのだ。
暑さとけだるさで思考できない、したくてもそれが許されない境遇の人間は、アリとして生きていかざるえないし、それがわかった人間には、高邁な思想や文化やシステムは何ら通用せず、最後には飲み込まれる。
現在の闇の奥は読んだことはないが、タイトルからするとそのような恐怖を描いているのかしれない。