書籍紹介:『中国抗日軍事史1937―1945』 | 奈良の石屋〜池渕石材のブログ

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本日は書籍紹介をいたします。

今回はこちら、

菊池一隆『中国抗日軍事史1937―1945』有志舎、2009年

 



中国の史料を大きく活用して、主に中国側からの視点で論じた日中戦争の概説書です。

 

日中戦争史というと、日本側史料に依拠した日本視点のものでは、定評のある研究も少なからずありますが、中国語の史料を生かした日本人研究者による研究はまだまだ立ち遅れている現状なのだそうです。

しかし日中戦争史のより包括的な全体像を検討するためには、両方の視野の総合が必要なのは明らかなわけで、本書はその空白を埋める一書として位置づけられると思います。

 

筆者は盧溝橋事件に始まる日中全面戦争の展開を丹念に追い、この戦争が中国にとってどのような特質を持ったものだったのかを検証していきます。

従来、日本の戦史研究というと、対米戦が始まって以降は太平洋戦線ばかりが脚光を浴び、中国戦線は小さくしか扱われないことが多いのですが、本書は対米戦勃発後の中国の戦場にも重点を置いていること、また中国の特に航空戦に着目していること、対日戦争遂行中の戦時経済建設に注意していることなど、他の研究の欠落を広範に埋めるような内容となっています。

 

また日中戦争期の中国というと、蒋介石の国民党政府だけでなく、共産党や各地の軍閥をはじめとしてアクターが入り混じり、全貌が捉えにくいという印象があります。

本書はその複雑さを捨象することなく、国民政府と共産党勢力とのいわゆる国共合作がどのように展開していたかも丁寧に叙述し、日中戦争が国共内戦の結末に及ぼした影響まで整理してくれます。

国民党と共産党というと、思想的に相容れないものがあって後の内戦を迎えるわけですが、抗日戦争遂行中の中国の思想状況に触れた箇所など、きわめて興味深いものがありました。

少し引用します。

 

「蒋介石は一連の政策によって抗日ナショナリズムを伝統思想、特に儒教を中核として反共的に再編しようとしたといえる。一応、ここで押えておきたいことは、この時期、儒教は主に民衆支配、反共、蒋介石独裁の手段に利用され、かつ封建的な面もあったが、対外的には中国人・中国文化の優秀性を鼓吹し、つまるところ日本人・日本文化に対する優位性を主張し、日本は決して中国に勝てない、と強調しているところである。換言すれば、儒教の本家たる中国に、儒教の分家たる日本が勝利できるわけがない、と抗日精神を鼓舞しうる根拠ともなりえたといえよう。さらに、深く考えれば、欧米流の民主主義・自由主義も、ソ連などからのマルクス主義も共に外来思想である。この双方の主義・思想に違和感を感じ、だが日本の侵略に抵抗することを望む圧倒的多数の中国人に結集軸を提供する必要があったのである。いわば民族主義を全面に押し出す儒教ナショナリズムである。この結果、救国思想を内包する抗日ナショナリズムは①国民党の儒教を中核をする流れ、②中共のマルクス主義、③第三勢力の民主主義・自由主義を標榜する三つの巨大な思想的流れとしてそれぞれ結集し、あるいは離合集散しながら日本の侵略に立ち向かうことになる」

(318頁)

 

さらに本書は、日本と中国という主要戦争当事者にとどまらず、この時期の中国とアメリカ、ソ連、イギリスなどの関係にも目配りしているので、世界史の中の日中戦争という論点にも裨益するところがあり、非常に読み応えがあります。

 

かの有名、というか悪名高いインパール作戦だって、日中戦争との関係で行なわれているわけですから、この戦争の歴史的意義を押さえておかないとわからなくなることはたくさんありますよね。

一般向けのこんな本が増えればいい、そう思わせられる読書でした。