7月18日(金)に全国ロードショー開始された
『鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座再来』。
私たち夫婦は夫の仕事終わりのナイトショーで映画を見ることが多いのですが、
『鬼滅の刃』は初日からほぼ満席状態。
シネコンプレックスではかなりのスクリーン数をこの映画にあてていますが、
それでもなかなか予約できず、昨日、ようやく見てきました。
振り返ると、劇場版『鬼滅の刃 無限列車編』を見たのは2020年、
ほとんど5年ぶりなんですねぇ。
茶々吉24時(2020年11月8日)
今回は、前回の無限列車編で煉獄さんを倒したあと
追い縋る竈門炭治郎を振り払って逃げた猗窩座が再登場!
私は上弦の参・猗窩座のビジュアルから仏像や仁王像を連想します。
とても好きなキャラクターなので嬉しい!
予告編
では、感想を述べる前に予告編をどうぞ。
感想
まずは無限城の映像美が圧倒的でした。
鬼に立ち向かう「柱」たちが、大きな力によって無限城の中を落とされていくのですが、
そのスピード感に酔いそう。
前後左右上下がわからなくなるような異空間は、
柱たちが落ちていっているその間にも増殖(増築?)を続けていて、
これぞ魔窟という感じ。
画像が実写の如く細密なことにも驚きました。
※「柱」というのは、鬼を退治する鬼滅隊の中のエリートの呼称です。
登場人物やエピソードに関しては なるべくネタバレしないよう気をつけますね。
予告編に出てきている場面は書いて良いものと判断します。
さて、『鬼滅の刃』をひとことにまとめるなら「鬼」と鬼滅隊の戦いです。
どんなドラマでもそうだと思うのですが、敵が魅力的であればあるほど、
主人公が映えるもの。
その点『鬼滅の刃』の鬼は皆、ビジュアルも、背負っているストーリーも魅力的。
この映画での私のお気に入りは“童磨”と、今回の主役と言ってもいい”猗窩座”。
童磨は上弦の弐の鬼。
『鬼滅の刃』では鬼舞辻無惨というラスボスの元、鬼たちに階級がありまして、
特に選ばれし12人は「十二鬼月」と呼ばれております。
十二鬼月はさらに、上弦と下弦に分けられていて、童磨は上弦の弐ということです。
童磨は序盤に登場し、「蟲柱」胡蝶しのぶと対峙します。
私は原作漫画もアニメも見ていないので、童磨と会うのはほぼ初めて。
私好みの優しくて綺麗なお顔立ち、
用いる武器が美々しい扇子であるのもよく似合っています。
ただしそれは扇子の形をした刃物で、大きな殺傷能力を持っています。
こんな設定をよく考えるなぁと感心しますワ。
もしかしたら新撰組初代局長の芹沢鴨が持っていた鉄扇にヒントを得たのかなぁ。
その童磨は、美しい顔に似合う優しい喋り方なのだけど、そこが腹立たしいんですよ。
慇懃無礼というのか、人を舐めているというのか。
やっていることは鬼畜だし。(鬼だから当たり前か)
その綺麗で強くて腹立たしい敵キャラと対戦する柱が
胡蝶しのぶというのは面白い設定だなと思いました。
胡蝶しのぶも普段、バカ丁寧な喋り方の人だし、使っている武器が雅な感じ。
童磨と胡蝶しのぶは、善悪の対極にいる似たもの同士なのかも。
さてもう一人、私のお気に入りの鬼である猗窩座。
上弦の参の鬼です。
彼はアスリート気質というのか、武を極めることに貪欲で、
孤高のひと、ならぬ孤高の鬼。
猗窩座と炭治郎たちの戦闘シーンは本当に見応えがありました。
猗窩座は、全身に縞模様(?)が施されていて、私にはそれが美しく感じられるのです。
美しくて強い猗窩座。
彼がなぜそんなにも強さにこだわるのか、どこまでも強くなろうとしているのか、
その背景がとても哀しくて、敵なのに感情移入してしまいました。
泣ける。
猗窩座だけではありません。
『鬼滅の刃』の登場人物(鬼も)は皆、痛みを伴う過去を持っていて、
それを乗り越えたのが今の姿なのです。
柱も、鬼も、過去の自分の弱さを、今の自分の強さへと昇華させている。
それは、映画を見ている観客全員にも言えること。
過去の自分の過ちや成功が、今の自分を形作っていることを感じさせられました。
『鬼滅の刃』が鬼滅隊対鬼の、単なるバトル映画ではないことが
人気の秘密なのだなぁと思いましたよ。
今回は無限城編の第一章。
物語はまだ始まったばかりです。
あの柱、あの鬼はどうなる?!
第二章が待ち遠しいですわ。
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