重松清さんの『その日のまえに』を読了しました。
この作品は、7つの短編集です。
目次をご紹介しましょう。
ひこうき雲
朝日のあたる家
潮騒
ヒア・カムズ・ザ・サン
その日のまえに
その日
その日のあとで
文庫版のためのあとがき
(重松清さん『その日のまえに』目次より引用)
最初の4作品のタイトルは、音楽のタイトルと同じで、読みながらその曲が聞こえてくる気がしました。
後半の3作品は「その日」が共通するタイトルからお分かりのように、連作です。
当初、「その日」シリーズ以外は単独の作品として書いておられたようなのですが、あるきっかけから、7作全て、登場人物がどこかで繋がっているように書き直したそうです。
それに関しては「あとがき」を読んでくださいね。
実際の登場人物のつながり以外にも、この短編集に共通するテーマがあります。
それは「生き物は皆『その日』に向かって生きている」ということ。
その日とは、命を終えて旅立つ日のこと。
それでは7つの短編の中から、文庫本のタイトルになっている『その日のまえに』をご紹介しましょう。
妻、和美とは結婚して20年になる。
結婚してしばらくは最寄駅に各駅停車しか停まらない、家賃の安いアパート住まいだった。
入社1年ほどで退職。学生時代から好きだったイラストレーションの世界で生きていくことにした。もちろん本当にそれで生きていけるのか、仕事のあてはないし先の保証などない。もしかしたらフリーターの先駆けのようなものだったかもしれない。生活が不安定な時にも和美は明るく支えてくれた。
今では自分の事務所を構え仕事は安定している。子どもにも恵まれ、4人家族でこれから色々な思い出を作っていこうと思っていた矢先に、和美が余命宣告を受けた。
夫婦で話し合い、息子2人には最後まで本当のことは言わないと決めた。和美は最後の最後、ギリギリまで、中学2年生と小学5年生の息子二人の屈託ない元気な顔を見ていたかったのだ。そこから夫婦2人で力を合わせて「その日」に備えてきた。奇跡があると信じながら。
(重松清さん『その日のまえに』内の「その日のまえに」の出だしを私なりにご紹介しました。)
本当に仲のいい夫婦です。
新婚時代、入社後すぐに脱サラしてしまった夫が、なんとか一人前になり、今では何人も人を雇用するまでに成長して、さあ、これから楽しいことをいっぱいしようと思っていたのに奥さんが余命宣告されてしまう、辛いですね。
もっと早く発見できていれば、と後悔します。
私は子どもがいないので、もしこういう状態になったとしても、夫は私がいなくてもなんとか生きていけるでしょう、と思うことができます。
でも、まだ育ち盛りの子どもさんが二人もいたら、どうでしょう。
心残りがありすぎますね。
だからもちろん希望は捨てないし、体にいいと思うことはやるのですが、一方で、自分が亡くなった時、困らないように、色々な準備をしておかねばと思うわけです。
「その日のまえに」。
子どもには知らせないと決めたから、あまりにも辛い時は、深夜に寝室で二人、ハグしながら声を殺して泣いたりもします。
その様子がリアルに思い描けて、胸が詰まる思いがしました。
とはいえ、私自身はいつ「その日」が来てもさほどおかしくない年代に差し掛かってきています。以前なら小説世界に没入して、主人公たちに感情移入し、悲しんだりしたかもしれませんが、今は、現実世界で私も「その日」に備えないといけないと切実に思うばかり。
もちろん「その日」は年齢順に訪れるわけではありません。
この短編集の中には、10代で「その日」を迎える人もいます。
現実世界でもそれは同じことで、幼いお子さんが病で天に召されることもあるし、健康に見える壮年の人があっけなく命を落とすこともあります。
この短編集を読んでいると「明日死んでもいいと思えるように生きる」という言葉を何度も思い出しました。
同時に、自分が先に旅立つパターンだけではなく、大切な人が先に「その日」を迎えることも想定しなくてはいけないとも思いました。「その日のあと」も、残された者は日々をしっかり生きていかなくてはならないのだな、と。
子どもの頃、高齢のお爺さんが「ワシは1日でもいいから嫁より早く死にたい」なんておっしゃっているのを聞いたことがあります。
当時は「ご飯作ってもらえないと困るもんねぇ」くらいの理解しかできませんでした。
今の私は、私の方が先に天に召されたいナと思う反面、人を見送る時は悲しみだけではなく、煩雑な事務処理の数々があることを思うと、私の方が少しでも長生きしてあげないと、あんな邪魔くさいことしてもらうのが忍びないなんて思うこともあるのです。
できたら夫婦二人同時に天に召されて「後は野となれ、山となれ」が理想なのですが。そんなわけにはいきませんよね。
とても軽いタッチで、時に笑いながら読めるのですが、中身はとても深い短編集でした。
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