どういう意味なのだろうと思って手に取った『月まで三キロ』。

伊与原新さんの作品を読むのは初めてですが、大当たり、とても面白くてあっという間に読了しました。

 

 

 

「面白さ」の種類にはいろいろありますが、この作品は読んでいて自分ごととして読めるという面白さがありました。

 

 

 

 

『月まで三キロ』は表題作を含む6つの短編集です。

それぞれの主人公は、住んでいる地域や年代、境遇などは全く違いますが、共通しているのは何かに悩み、モヤモヤしていること。

 

それぞれのタイトルと、主人公をご紹介しましょう。

 

・「月まで三キロ」

 人生終わったなと感じている48歳の男性

 

・「星六花」

 来年40歳になる未婚女性。婚活するも、過去に辛い経験があり、結果を出せない。

 

・「アンモナイトの探し方」

 中学受験を控えた小学生。両親が離婚することは覚悟していたが、実際に離婚となると、

 子どもなりにいろいろ悩んでいる。

 

・「天王寺ハイエイタス」

 ミュージシャンを気取っていたが、そろそろ家業を継がなくてはいけないなァと思っている青年。

 

・「エイリアンの食堂」

 妻の故郷で食堂を営む男性。幼い娘を残して妻は病死。頼る人もなく、手探りで育児と商売の両立に励む。

 

・「山を刻む」

 子どもが二人とも独り立ちする年代の主婦。ずっと家族のために頑張ってきたのに、その家族から蔑ろにされている。

(伊与原新さん『月まで三キロ』の目次よりタイトル引用、私なりに主人公を紹介しました)

 

私は伊与原新さんの作品を読むのはこれが初めてですが、1つ目の短編である「月まで三キロ」にすっかり引き込まれ、最後まで一気に読みました。ですから「月まで三キロ」について詳しくご紹介しますね。

 

上にも書きましたが、「月まで三キロ」の主人公は48歳の男性です。

大手広告代理店に勤務していたのですが、自分の功績に対して会社の評価が低すぎると不満を持ち、40歳の時に独立します。

自分の業績イコール自分の力だと勘違いする人は現実社会でも多いのではないでしょうか。

この小説の主人公もそう思っていました。そして独立した後で厳しい現実に直面、実は会社の看板があったからからこそ商談がまとまっていたのだということを知るわけです。おまけにリーマンショックも重なり、4年ほどで倒産。手に職もない中年男性の再就職は難しく、ついつい酒、タバコ、パチンコに耽ってしまう主人公。そんな夫に愛想を尽かした妻から離婚を迫られ、主人公は両親を頼って実家へ。息子の有り様に心労が溜まったのか、母親が亡くなってしまい、厳しかった父も認知症を発症……

なんとも侘しい、転落人生ではありませんか。

父親を施設に入れた後、主人公は思うんです。もう生きていても仕方ない、人生終わったと。

 

私が物語のほとんどを紹介したように思われるかもしれませんが、安心してください。

お話は ここからなんですよ。

 

死場所を探してタクシーに乗る主人公。話好きなタクシー運転手さんと主人公の会話が進むにつれて、話が核心に迫っていきます。

不思議なタイトル「月まで三キロ」の意味もわかります。

 

どんなに辛いことがあっても、悲しいことがあっても、自ら命を絶ってはいけない。

今が人生の最低最悪の時で何一ついいことがないと思っていても、実はそこにも小さな灯りはあるのだし、人間はきっとやり直せる。作者からのそんなメッセージが伝わってきて、ジーンとしました。

 

6つの作品全てにおいて、主人公が抱えている悩み自体は無くなったりはしません。

だけど、悩みを抱えながらも生きていく道があると気付くのです。そしてそれを教えてくれるのは「人」です。人との出会いが道を開くのです。

 

読後感が良く、元気になれる短編集でした。

 

***

いつもお送りしている声の書評。

6つの短編の中から「エイリアンの食堂」について語っております。

よろしければお聞きください。

 

  ↓