みのおエフエム 「図書館だより」
私がパーソナリティを担当している
大阪府箕面市のコミュニティFM みのおエフエムの「デイライトタッキー」。
その中の”図書館だより”は箕面市立図書館の司書さんが選んだ本をご紹介するコーナー。
私は司書さんのコメントの代読をし、そのあと自分の感想も付け加えます。
今日は 浅田次郎さんの『母の待つ里』をご紹介しました。
Pick Item
浅田次郎『母の待つ里』
唐突ですが、あなたがお持ちのクレジットカードの年会費っておいくらですか?
この小説に登場するのは年会費35万円のクレジットカードを持っている人たちです。
いわゆる「ブラックカード」ですね。
年会費だけで35万円!!なんという無駄!と、私などは思います。
でもそんなカードを持っている人というのは、名の知れた会社の社長や重役、そして医師。
カード会社が提供する、年会費が高額なのも無理はないと思わせる特別なサービスを享受しております。
冒頭、登場するのは有名企業の社長 松永徹。
多忙な中、時間を作って一泊二日で「ふるさと」に帰ってくるところから物語はスタートします。
ふるさとはどうやら東北のどこかで、冬は雪に埋もれてしまうようなところのよう。若い人は都会に移住してしまい、住民のほとんどが高齢者という田舎町です。
徹が帰郷するのはなんと40年ぶりのことで、会う人、通る道、どれも「記憶にない」のだとか。
40年、それはそれは長い時間だけれど、何もかも記憶にないとはどういうことだろう?もしかしたら記憶喪失か何かかしら?
そう思いながら読み進めていくと「懐かしい」母が出迎えてくれます。
40年ぶりに息子に会えて、お母さん嬉しいだろうなぁ、だけどこの徹という初老の男性は記憶がないみたい、会話は弾むのかしら?
この辺り、読んでいて不思議な感覚があります。物語に没頭できないのです。
ふるさとに帰ってきているはずの主人公が、どうも田舎に馴染んでいない様子なのが気になって気になって。
そして1話読み終えた段階でやっと違和感の原因がわかるように仕組まれています。
この「ふるさと」も年会費35万円のブラックカードのサービスの一種だということが。
本当は縁もゆかりもない場所だけれど、そこにはお寺があり、地元の人間が経営している酒屋さんがあり、町の人たちはみんな顔見知りで、年老いた母は周囲の人に気にかけてもらいながら一人暮らしている…そんな、日本人なら誰もが想像できそうな絵に描いたような「ふるさと」。そこに1日だけ、本当の息子(娘)として帰郷する体験が1泊50万円で提供されているのです。
会社社長の松永徹は50万円払って、そのふるさとツアー(?)を体験し、赤の他人の「母」をいたわり、甘えることでなんともいえない癒しを得ていたのでした。
一泊二日で50万円!高い!とは思うけれど、東京のザ・ペニンシュラホテルのスイートは1泊380万円だとか。
それに比べれば50万円で田舎気分と、母親の手作り料理、近所のおじさん、おばさんたちの接待まで味わえるのは安いのかも知れません。
そうか、そういうサービスだったのか、とわかってからは全ての疑問が晴れて、物語世界に浸ることができるようになります。
ともかくこのふるさと体験ツアーは徹底しています。
ふるさとで出迎えてくれる人たちはエキストラ。とはいえ、よそから通勤してくるのではなく、元々この土地に住んでいる人たちです。きっとカード会社となんらかの契約を結んでいるのでしょう。お客さんが来ることになると、その人の名前や年齢、職業などの情報をもらって頭に叩き込み、里帰りしてきた人として受け入れてくれます。
最も秀逸なのは母親役のおばあちゃん。80代の一人暮らしの女性ですが、本当に息子や娘が帰ってきたかのように迎えてくれるし、訪れる方もなんだか本当に自分の親なんじゃないかと思うほど、真に迫ったしみじみとした情愛を注いでくれるのです。一度このツアーを味わってしまうと、リピーターになってしまう人もいるくらい「母」は温かい人。
『母の待つ里』を訪れる人たちは、何かしら心に欠けたものがあり、それを埋めにきているのだなぁ、だとしたらこのサービスは実はとっても意味があることかも知れません。自分が生まれた場所、育った場所をふるさとと呼ぶのだろうけれど、こういうふるさとがあったって良いのかも。それが過疎化した町村を救うことになるのなら、誰も損をしませんしね。
そんなことを思っていたら、小説の最後で「母」の真実がわかり、思わず涙。
この作品に限らず浅田次郎さんは、母親という存在に対する特別な思いを、照れずに直球で読者に投げる作家さんのように感じます。
こんな不思議な前提のお話で泣かされるとは。浅田次郎さんを舐めてはいけませんね。
注:上の文章は、浅田次郎さんが著者インタビューで明かしておられる範囲で説明しています。
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