久々に若竹七海さんの作品を読みました。

若竹さんはデビュー作『ぼくのミステリな日常』を読んで以来、信頼を置いている作家さんの一人です。

 

 

『殺人鬼がもう一人』には6つの短編が収められています。

 

・ゴブリンシャークの目

・丘の上の死神

・黒い袖

・きれいごとじゃない

・葬儀の裏で

・殺人鬼がもう一人

(若竹七海さん『殺人鬼がもう一人』の目次より引用)

 

短編はそれぞれ独立して楽しめますが、全て同じ地域で起こっている話です。

 

都心まで1時間半かかる寂れたベッドタウン辛夷ヶ丘。「今後発展して便利になる」という謳い文句に引かれて家を建てた人たちもすでに高齢化。街は期待通りには発展せず、道路の拡張もなければ、家の建て替えも進まず、今では廃屋なども多い。そんな燻った街辛夷ヶ丘署に配属されるのは出世街道から外れた警官だ。

そのうちの一人 生活安全課の捜査員 砂井三琴。170cmを超える身長にハイヒールを履いている。容姿も可愛げがなく「三白眼の大女」と陰で呼ばれたりしている。

三琴は出世など望んでいない。定年まで勤め上げる間に、たっぷりと貯金をして、定年後は年金をもらい憂いない老後を送ること、それが三琴の野望だ。

一見穏やかだった辛夷ヶ丘に放火事件や空き巣被害が立て続けに起こった。所内はてんてこまいで、生活安全課の三琴も現場の捜査に加わることに……。

(若竹七海さん『殺人鬼がもう一人』の全体を通して登場する砂井三琴像を私なりに紹介しました)

 

この女性警察官、砂井三琴さんの行動を見ていると、警察への信頼を失くしそうになります。

最初は単にやる気のない警察官なのかと思ったのですが、実は観察眼も鋭く事件の真相に気付けるやり手なのです。ですが、あえて事件の真相をうやむやに終わらせることに心の痛みを感じない人でもあります。

事件に白黒つけないことが上司の意向だった場合などがそれ。

「警察において上司の命令は絶対だから」と。

 

そんな仕事ぶりで、どうやって「定年まで勤め上げ、その間にたっぷりと貯金を」することができるんでしょうか。

そもそも警察官ってそんなに貯金ができるようなお仕事でしたっけ?

私は実際の警察官の給与や福利厚生を知りませんが、小説世界の中の地方勤務の警察官がたっぷり貯金をしている姿を見たことがありません。

 

不審に思いながら読み進めていくとわかるのです。

砂井三琴がどうやって貯金をしているのかが。

ある時はちょろまかし、ある時は捜査中に知り得た情報で、脛に傷持つ市民に「アタシ、知っているよ」と仄めかす、つまり脅しです。

ぼーっと読んでいたら見過ごすようなソフトタッチな脅しですが、脅された方はすぐにピンときて「お代官さま、これをお納めください」と金品を渡してしまうんですねぇ。

こんな警察官、いやだわぁ。

というか、本当にこんなことをしている警察官がいるんだろうか?

確かに警察官は現場を捜査する段階で、いろいろなことができてしまうかも。

そう思うと警察不審に陥りそうになりますよ。

同時に、この小説に対して、警察からクレームがつくのではと若竹さんの身が心配にもなります。

 

不審が募るのは辛夷ヶ丘署職員に対してだけではありません。辛夷ヶ丘の住人も信用がならないのです。

こんな街に住みたくない、と思う事件ばかり。

 

その事件の質も、小説が進むにつれてだんだん笑えない内容になってきます。

そして最後の『殺人鬼がもう一人』はゾーッとするほど怖い事件が描かれています。サイコパス的な怖さです。

 

とても陰惨な事件や場面が描かれているにもかかわらず、なぜか嫌悪感を抱かずに済むのは若竹七海さんならでは。

この小説は多分ミステリのジャンルに入るのだと思うのですが、トリックや犯人を当てる楽しみはあまりない気がします。

むしろ、ソフトタッチのピカレスクロマンだと思いました。

風変わりでとても面白い小説ですよ。

 

 

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