私がパーソナリティを担当している
大阪府箕面市のコミュニティFM みのおエフエムの「デイライトタッキー」。
その中の”図書館だより”は箕面市立図書館の司書さんが選んだ本を
ご紹介するコーナー。
私は司書さんのコメントの代読をし、そのあと自分の感想も付け加えます。
今日は浅生鴨さんの『伴走者』をご紹介しました。
伴走者とは視覚障害のある競技者の側について走り、
走路や給水所などの状況説明をし、安全な競技をサポートする人のことです。
『伴走者』の舞台は2020年の東京オリンピック後の日本。
『夏・マラソン編』、『冬・スキー編』の二話からなる小説です。
私はスキーにも伴走者がいることを知らなかったので驚きました。
パラリンピックのアルペンスキーを何度か見たことはあるけれど、
車椅子スキーのイメージしかなかったのです。
大変失礼ながら、目が見えない状態であの斜面を滑走するなんて、
想像ができませんでした。
まずは目次を見て驚いた後、『夏・マラソン編』の冒頭を読んで
今度は思わずニヤリとしてしまいました。
淡島は激怒していた。
(浅生鴨さん『伴走者』P7より引用)
どこかで似た文章を読んだことはありませんか?
太宰治『走れメロス』の冒頭「メロスは激怒した。」に
そっくりではありませんか。
私は大学時代文学部で、太宰治や坂口安吾、高見順といった
無頼派の作品が専門でした。
特に太宰治は好きな作家でしたので『走れメロス』ふうの出だしに
とても気分良く読み始めることができました。
小説とはいえ、伴走者が置かれている環境や役割などは
ほとんど事実と思っていいと思います。
私はこれまで伴走者のことを単純にボランティアだと思っていました。
しかし伴走はボランティア精神だけで勤まるものではないのです。
まず、伴走する競技者と同等か、それ以上に実力がなければ勤まりません。
ということは、伴走者本人も優秀な競技者であり、
自分自身の成績や記録にも思いがあるということ。
競技者としてのプライドや自我をコントロールして
競技者に寄り添う気持ちを持たねばなりません。
しかしいかに優秀であっても、
伴走者はパラリンピックの強化予算に含まれていないため、
金銭的な保障がありません。
よほどの条件が整わない限り、生活のため働きながら、
競技の練習スケジュールをこなす必要があります。
そういったことから優秀な伴走者の数は少ないようです。
また、伴走自体がたやすいことではありません。
ただロープを持ち合って一緒に走ればいいわけではないのです。
路面の様子やカーブ、道の高低差などについて、
事細かに状況を伝えながら走らなくてはいけません。
また、前を走っている選手を抜かす時にも、
左右どちらから抜かすのか、
細かく考え、競技者に伝えなくてはいけない。
そもそも競技者と伴走者の信頼関係が築けていないと、
思うように走れません。
では伴走者は競技者の「影」で、
全て競技者のために走っているのかといえばそうとも限らない。
伴走者には伴走者の喜びややりがいがあるのだということを
この小説に教えてもらいました。
また、競技を離れた日常生活の中で、目の不自由な人に対し、
遠慮がちに接したり、良かれと思って配慮しすぎることが、
逆にご本人の心を傷つけていることもあるということも描かれていて、
考えさせられます。
東京2020の前にこの小説を読んで良かった。
今まで以上にパラリンピックに興味が湧きました。
観戦の観点も増えましたし。
ところで「淡島は激怒していた」で始まる『夏・マラソン編』のラストは、
やはり『走れメロス』とそっくりなシーンで締めくくられていて、
再びニヤリとしてしまいましたよ。
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