毎週日曜に、web site『関西ウーマン」に連載していただいている「千波留の本棚」。
コツコツ続けているうちに、連載200回を超えました。
継続は力なりで、細々と続けるうちに色々な方に読んでいただけるようになりました。
そしてこのたび、NHK出版様から「千波留の本棚」あてに、
素晴らしい本をご献本いただきました。
ありがとうございます!
マイケル・ボーンスタインさんの『4歳の僕はこうしてアウシュビッツから生還した』。
| 4歳の僕はこうしてアウシュヴィッツから生還した [ マイケル・ボーンスタイン ] 1,944円 楽天 |
マイケルさんの左前腕には「B-1148」という刺青があります。
それはアウシュビッツに入れられた日に彫られたもの。
その時マイケルさんはまだたったの4歳でした。
アウシュビッツに送り込まれたユダヤ人の中でも、
多くの子供や老人は「労働に適さない」と判断され、
早めに命を奪われたそうですが、
マイケルさんは無事に生還しました。
しかし、ご自身の体験を執筆したり、
自分から人前で話すことはしなかったそうです。
その理由は、容易に喋ることができないほど つらい体験だったことと、
間違ったことを口にしたくなかったから。
幼かったマイケルさんの記憶は、ある部分は鮮明だけど、
ある部分はぼやけてしまっていて、
全てを正しく語る自信が持てなかったのだそう。
しかしある時偶然、
解放後のアウシュビッツでソ連兵が撮影した、
ユダヤ人の子どもたちの写真の中に、
自分がいるのを発見します。
マイケルさんがその写真を見たのは、
ホロコーストの噂はデマで、本当はそんなに酷い場所ではなかったと
主張するウェブサイトだったのです。
解放されたばかりの子どもたちが「健康そうに見える」から、と。
マイケルさんは衝撃を受けました。
そして自分はあの悲惨な体験を語らねばならないと決意します。
戦後70年以上経っていましたが、
テレビプロデューサーの娘さんの力を借り、
取材、執筆に取り組んだのでした。
若い世代に読んでもらいたいと、
ドキュメンタリーというよりは小説風に書かれていて、
とても読みやすいです。
しかし、これまで読んだアウシュビッツ関連の小説に比べると、
非常に抑制が効いています。
むしろ声高に悲惨さを語るのではなく、
あえて淡々と述べるように
心がけたのではないかと感じました。
それは、なるべく事実を捻じ曲げないよう、
あったことをそのまま伝えなければという使命感だと思います。
1940年、ドイツ占領下のポーランドに住んでいたマイケルさん。
ユダヤ人に関する悲惨な噂を聞いても、
なかなか本当のこととは思えないし、
住み慣れた場所を離れたくはない……。
様々な理由から、そこにとどまったユダヤ人たちが
どんどん恐ろしい事態に巻き込まれていく様子や、
なんとか活路を見出そうとするマイケルさんのお父さんたちの姿に、
のちの歴史を知っている私は、息が詰まりそうでした。
同じ人間であり、家に帰ればいいパパかもしれないドイツ人が、
なぜあんなにも残酷なことができたのでしょうか。
結局マイケルさんの親戚は、
亡命する、地下(隠れ家)に潜る、そのままとどまるの
三つに別れることになります。
マイケルさんの家族は「そこにとどまった」ため、
最終的にアウシュビッツに行くことになったわけです。
4歳の「僕」がアウシュビッツから生還できた理由は、
さまざまな偶然の積み重ねで、
とても説明しきれるものではありません。
ぜひご自身で読んでみてください。
最後に、私がこのドキュメンタリーの中でもっとも胸痛めたのは
「おばあちゃん」との別れでした。
余談ですが、マイケルさんの親戚の何人かは、
杉原千畝にビザをもらって生き延び、
のちに奇跡的に再会することができました。
このノンフィクションの中に「杉原千畝」という文字を見出した時、
本当に嬉しく、誇らしかったです。
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