3月11日がやってきた。
大宮戦のレポートの前に、今日はこの話を書かなきゃダメだと思う。
去年の3月11日から、日本の、日本人の何かが少し変わったと言われる。
東日本大震災の爪跡はなお深く、俺たちは日々の少しの地震に対する意識が変わったし、東北へ
ささげる祈りの気持ちをずっと持ち続けている。利他の精神というものか。
世の中がやさしくなっていたら、いいなと思う。
自分に何かできることはないのか!?
誰もがそう考えた去年3月、印象的だったのはサッカーファンが、サッカーファンとして、クラブ&サポーター
としてのコミュニティへの帰属意識そのままに、震災復興・支援に対してアクションを起こしたことだ。
サポーターの行動は大小さまざまで、仙台サポーターは3月29日の大阪でのチャリティーマッチに、
車でかけつけ横断幕を張った。長居スタジアムは、人々が祈りを捧げる大きな教会になった。
娯楽が自粛傾向にあった微妙な空気の中、サッカーの試合が行われた。
チャリティーマッチ、日本代表vsJリーグ選抜~Team as ONE.日本中のサッカーファン、サッカーファン
以外の人たち、そして被災地で張り詰めた気持ちで暮らしていた現地の人たちに、あるいはその日
ようやく点いたテレビを通じて、サッカーファンは仙台のチャントを歌い続け、海外の代表選手たちは
一堂に集まり、そしてカズの伝説のスーパーゴールが生まれた。奇跡のような試合だった。
あのゴールは間違いなく昨年の、サッカー界のベストゴールだ。忘れない。
そしてJリーグ再会が4月23日。雨の等々力競技場に、川崎フロンターレがベガルタ仙台を迎えた。
盛大から多くのサポーターが等々力競技場に集結し、スタジアムは異様な雰囲気に包まれていた。
僕はテレビを通じてその試合を見た。仙台はリーグ再開後11試合、無敗を保つのだが、その最初の
きっかけとなったのがこの川崎戦だ。
仙台は練習場も被災して、鹿島の練習場を借りたりしていた。家族が被災した選手たちは、悲壮な決意
を抱えてリーグ再開を迎えたに違いない。もっとも、日本中のサポーターがベガルタを応援していただろう。
J1の対戦クラブ以外は。川崎には、意地があったろう。当然で、それがスポーツマンシップだ。
しかしフロントが芸達者で知られる川崎が見せた、その名に恥じぬ仕事ぶり。再開初戦、仙台戦で
流したVTR、森山直太朗の「さくら~独唱~」に合わせて流れる仙台へのメッセージ。
それはもう素晴らしかった。
Jリーグのサポーターは、事によっては敵サポーターにも応援を送ることを厭わない。新潟の地震の時も
そうだった。松田が死んだ時もそうだった。大宮の塚本のことも忘れていない。サッカーのみならず、
スポーツには同じような力があるのかもしれないが、ミスと不確実性を前提として人生の混沌を最もよく
表現する(と僕は思っている)サッカーは、こういう時にも人間の良い部分を映し出して、最も強く輝く。
昨日のJリーグでも、試合前に黙祷を捧げた。サッカーを見続けることが叶わなかった、同じサポーター
仲間への祈りと、自分たちがあの時行動をおこすに到ったサッカーファンとしての精神に対してだ。
フットボールは宗教で、スタジアムは教会であり続ける。サッカーは、本当に大きい。
今日はたまたま友人に誘われて、フットサルに行った。2:46、ちょうどコートにいたが、メンバーのひとりが
声をかけて、センターサークルに集まり、真ん中にボールをビブスを置いて、黙とうを捧げた。
それはサッカーファンとして、当然の行為だった。そういう風に過ごせたことを、ありがたいと思う。
そしてまたこれからも、僕はサッカーファンなので、誇りを持って付き合っていきたいと思う。