仕事で会社の辞書を作ることになり、早速本屋に行って辞書について研究してきた。

で、これって有名な話なんだろうけれども、赤瀬川原平『新解さんの謎』
三省堂の新明解国語辞典について、いろいろ書いてある。この辞書、タイトルのとおり日本語を
「明解」に説明すべく、異常に細やかな語句の解説文や、用例を載せているいわば「攻める辞書」
だという。これがもうめちゃくちゃおもしろい。

たとえば、で一部引用。
冒頭、この辞書にハマるきっかけになる、知人からの指摘について。ある日、真夜中に突然電話を
受けた筆者は、相手の知人女性から唐突に、新明解国語辞典の解説文がすごいという話をふられる。
実に訥々と、知的な会話が進んでいく。

最初の一語は、【恋愛】。

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・れん あい【恋愛】-する
特定の異性に特別の愛情を抱いて、二人だけで一緒に居たい、出来るなら合体したいという気持ちを
持ちながら、それが、常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる・(まれにかなえられて歓喜する)
状態。「-結婚・-関係」(-部分にはその単語:恋愛が入るわけですね)


私は変な気持ちになった。読書のような気持ちになった。辞書なのに。

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で、この出来るなら、という部分が実に真に迫っていて辞書にあるまじき細やかさだと、
筆者は気付くのであった。ここから、新明解の言葉のジャングルへの旅が始まるのである。
上記【恋愛】は、三版・四版のバージョンで、これが一版・二版だと少し違う。

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れん あい【恋愛】-する
一組の男女が相互に相手にひかれ、ほかの異性をさしおいて最高の存在としてとらえ、毎日
会わないではいられなくなること。「-結婚・-関係」

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しかしこれでは十分に「明解」ではないという気持ちが、三版・四版までの間に辞書編纂者の気持ちの
中に盛り上がり、「まれに」や「合体」という単語を使わせて説明させるにいたったのだろう、と
筆者は分析している。

いやここからいろいろな言葉についてツッコミが入っていくのだが、もう面白い。
辞書編纂者「新解さん」という架空の人物の人格について、筆者と友人の分析の冒険が続いていく
のである。女に厳しく苦労人、魚好き。

「女」の解説文に多分に主観に満ちた説明を書いていたり(笑)、ヒステリーの説明に、
「欲求不満の女性に多い」とか、「浅知恵」の用例は「女の-」。これだけを抜き出してうがった
見方をすればなるほど、女性には手厳しい(笑)。

あとは魚や鳥の解説に「うまい」「夏場がもっともうまい」とか、ただの「白桃」に「うまい」(笑)。
他の果物にはついてないのに(笑)!?
いやこれがもう、客観的視点が求められるはずの辞書としてはあるまじき攻めっぷりだと。
というのも辞書のタイトル「新明解」ということに、徹底的にプライドをかけた編纂者(架空)の、
日本語を「明解」にしたい!という熱き想いがそうさせるのであって、こうなると辞書というよりも
想いの詰まった一冊の本、といった態であると。新明解国語辞典も買ったので読むのが楽しみだ。

ちなみに、現在発売されている最新第六版の、件の【恋愛】の説明文は…

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れん あい【恋愛】-する
特定の異性に対して他の全てを犠牲にしても悔い無いと思い込むような愛情を
いだき、常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、二人だけの世界を
分かち合いたいと願い、それがかなえられたと言っては喜び、ちょっとでも
疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと。
「熱烈な-の末に結ばれた二人/-結婚・-小説・-至上主義」

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…やはりパワーアップしていた(笑)。明解を超えて、もはや壮大な詩である。
言葉の意味を知るということだけでなく、実感をもって理解させられてしまう新明解国語辞典。
電車の中で辞書を読んでいて飽きないんです(本書より)。これぞ知の結集。あっぱれ!!