日ハムの稲葉の、ヤクルト時代のサインを持っています。
98年のBBM(ベースボールマガジン社・発行)のベースボールカードでしたかね。

同級生の叔母さんが、ヤクルトのフロントスタッフで、誰か一人のサインもらってあげるよ、と
いうので、古田もいたんですが、僕は稲葉をセレクトしました。名前も僕と似ていて、地味だけど
いい仕事をする、まさにヤクルトっぽい選手のイメージそのもので。まだ若かったのと、打順が
3番というのも狙い目で。それがいまや日本代表の4番バッターというからすごいですね。
長打力もあるアベレージヒッターと言うイメージが強いですが、あらためて年代別の数字を見てみると
日ハムにいってから本格化した感がありますね。

野球を見始めたのは中学生からで、これはサッカーと並行してハマっていったんですが、じゃあ
応援するチームを選ぼうとした時に基準にしたのは、やっぱり“東京”のチームということ。
巨人戦なんて見にいけないからというのでヤクルトと日ハムを両方応援することにしました。
これが1994年頃の話で。ヤクルトは野村監督が築いた黄金時代真っ只中、対する日ハムは
大沢親分最後の時代の頃で、最下位に終わってファンに土下座して監督を辞めたのがその94年。
当時はダイエー、近鉄とパ・リーグの安定下位に沈んでいた愛すべきファイターズでした。

さておき、今日はヤクルトの話。
トレーディングカードにハマった僕は95年だったか、始めて後楽園で行なわれたカードショーに
行きました。そこでサイン会があったのですがやってきたのがヤクルトの外国人選手2名。
阪神から移籍のオマやんことトーマス・オマリーと、“バンバン”ヘンスリー・ミューレンでした。
ヤクルトは広沢・ハウエルを巨人に引き抜かれるという忘れがたい大事件のあとでしたが、この
外国人2枚看板の大活躍で黄金時代を継続。そのミューレンにもらったサインが生涯初の
スポーツ選手のサインでした。ミューレンは一発屋で打率は低くても8番で一発があるとして
なんとも味のある役どころで日本シリーズでホームランを打ったりしたんですがあっさり解雇。

その後日ハムが北海道に移転しヤクルトは好きな選手がいなくなり、しばらく見ないうちに野球から
遠ざかってしまいました。会社の人の誘いで阪神のスタンドに行き、今はにわか阪神ファンです。
ハハハ。って言うかもうすぐサッカー開幕なのに熱出しちゃって。調整失敗ですよこりゃ。