想像したことはないでしょうか?
自分が突然の心筋梗塞や脳卒中で倒れてしまうのではないかということ。
交通事故や強盗に遭うというのもそうでしょう。今の生活が、突然失われてしまうということ。

それらは誰もが回避できないリスク。今この瞬間に起こらないとも限らないわけで…。

実際にあった話の映画化です。
この映画の主人公はフランスのファッション誌『ELLE』の編集長。ところがある日、脳卒中の
発作で全身麻痺の寝たきりになってしまいます。言葉も話せず、動かせるのは左目のまばたきだけ。
意識はあるのに体がピクリとも動かせない…
そんな状態を『locked-in syndrome(閉じ込め症候群)』
というんだそうです。

主人公はそれを、潜水服を着て深海に浮かんだまま、身動きの取れない状態にたとえています。
周囲の人間の声は遠く(自分で反応が出来ないため)、目に見える世界はまるで潜水服の中から見える
ほんのわずかな風景のみ。想像を絶する不自由です。

周囲とのコミュニケーションはまばたき。イエスはまばたき1回、ノーは2回。
そこから始まって50音表(アルファベットですから26ですが)を読み上げてもらい自分が言いたい
言葉のところでまばたき、それで「お・は・よ・う」と読み上げていっておはようと言える。
物語はその手段によって主人公が一冊の本を書き上げるまでを描いています。

描かれ方が独特で、現象を完全な1人称視点で描き、独白によるフォローで語られていきます。
彼はファッション界という独特の世界で生きてきたカリスマで、愛人もいて、結婚していない女との
間に3人の子供をもうけ(実質的には奥さん)…と独自の価値観をもって生きてきたと。元気だった
ころのシーンもふんだんに盛り込まれますが、基本的な人生の方向性は変えないのです。
本来であれば己の不幸を嘆いてもっと周囲に当り散らしたり自殺を図ったり荒れそうなもんですが、
この主人公にはほとんどそういうところがなく、精神状態は安定しています。不思議でした。

きっと主人公が潜水服に閉じ込められた時点で、僕らが日頃当たり前に感じている時間の流れから外れ、
「おはよう」という言葉を言うのに数分かかるような、ものすごくゆっくりとした時間の中に
放り込まれたんだと。まるで“夢を見ている”ような感覚で映画が流れていきます。
主人公自身が観客に対して皮肉の利いた独白をします。
『これが演劇だったら僕が考えるラストシーンはこう。今まで身動きひとつ取れなかった主人公が
ベッドの上で飛び起きて「やった!」で、舞台暗転で独白「…なんだ、夢か。」』

そうならないんですが、見ているうちにそうなってくれないかと何度も思います。怖いです。

この映画は冒頭述べたようなテーマを体験するのにはもってこいで、そんな“覗き趣味だ!”という
批判も成立するのかもしれません。しかしこのテーマ(現象)を採りあげて人々に伝える手段としては
有効だと思います。この映画にスポットライトを当てるために、いろいろな映画賞があるというのも。
映画にはそういうことも可能なんだな、と肯定的に思えました。本編中、明確な結論は出ませんが。

主人公のように日常が失われたら、精神を保ち、人間性を残して生きていくことができるでしょうか。
また身近な人がそうなってしまったとして、その人が生きることを諦めて「死にたい」と言ったときに、
救ってあげることができるでしょうか。覚悟なんてできませんね。ただ日頃から大事にしていかなきゃ
いけないなあと。生きてるっていうことと、周りの人たちを。
障害者の人を見て、自分は健常者ということで変な後ろめたさを感じてしまったりとか、そういうことも
あると思うんですけれども、ただどんな人にだって、ある日突然障害者になってしまう可能性がある
わけで。かといって開き直れることもなく。この映画を見てもどうしようもない問題っていうのは
たしかにあるんですけれど…なんて、いろいろ考えさせられます。

60点/100点中