今季ホーム最終戦を終えたFC東京だが、試合のカゲでひっそりと(たぶんそんな感じで)一つの
サポーターたちの活動が幕を閉じた。
FC東京サポーターの有志が発行していたフリーペーパー、『東すか』がこの試合での発行を最後に
おしまいとなったのである。FC東京のコアなサポーター以外は知らないと思う。他チームのサポーター
なんかなおさらだろう。だが、このフリーペーパーの存在を留めておきたくて、ささやかながら僕の
日記に書いておこうと思う。FC東京にはそんなサポーターもいて、そしてそれがFC東京なんだと。
詳しいことは知らないし、発行しているメンバーの方々との面識もない。わずかに昔、ネットを介して
言葉を交わした程度だ。だからこのフリーペーパーについてもただの感想に留まってしまう。
『東すか』はA3サイズの紙を2つ折り、さらに2つ折りにしてA5サイズの大きさにしたところに
編集部諸兄の書いたコラムやコネタが載っている。タイトル『東すか』は、たしか「東京どうですか」
の略であったろうか。北海道の伝説的ローカル番組、「水曜どうでしょう」のパロディである。
僕はサッカーを観始めた頃に思っていたことに、もっとサポーターの声を生で拾った雑誌が読みたい!と
いうのがあった。Jリーグは初年度のバブルがはじけると人気が低迷し、スタジアムにはカンコ鳥という
状態だったのだがそれでも観に行っている僕らには僕らの楽しみがあった。Jリーグの体制やクラブの
貧弱さを雑誌はさかんに採り上げたが、Jリーグの“陽”の部分、僕らが大好きと思っていた部分は、
バブルの終焉と共にマスコミの表部分には採り上げられなくなってしまった。
あたかも、サッカーを“たたく”ことがスタンダードである、と言わんばかりに。
僕はそれが不満だった。僕がスタジアムに足を運んで、友達と試合を観て、それこそサッカーをやるため
だけに学校に行き(笑)、休み時間にストイコビッチやラモスのマネをして夢中だった頃、その楽しさを
伝えるメディアはほとんどなかった。今でこそたくさんの雑誌が出て、サポーターというものが再び
認知され始めているものの、このとき築かれたサッカー=マイナーというイメージは、いまだに変わって
いないと感じる。ワールドカップ、代表の試合は観てもJリーグは観ない。それが当たり前だと思う。
サッカーファンはコアになればなるほどマニアックに見える。だがそれでは何も変わらないと僕は思う。
自分の考えるサッカーの楽しみ方を発信しなければならないと思う。それがサッカーファンの義務である。
『東すか』は、なるほどマニアックだ。世間一般的に観ればサッカーマニアの独り言に過ぎないかもしれない。
しかし、僕はこのフリーペーパーには上記のようなサッカーの楽しみ方を自分なりに語ることで、
人生に楽しみがあることの素晴らしさをまっすぐに語りかけてくるような、そんな力を感じるのだ。
僕が読みたかった、サポーターの喜びや楽しみが独白として、そこにはたくさん詰まっていた。
最終号となった昨日の東すかにこのような記述がある。
「なぜサポーターを続けるのか。僕らはどこへ向かうのか。結論を言ってしまえば、僕らはどこへも
向かわない。僕らはここに在り続けるために、サッカーに帰属するのだ。それは不自由なことかも
しれない。だが多くの人間は不自由の中でしか生きられず、そしてその中で人間は何かを語りつづける。
それだけが唯一、不自由さの中で自由に繋がる行為だからである。」と。
もっと強気でもいいんじゃないかと思う。大学の後輩が、卒業に際してサークルの仲間達に贈った言葉がある。
「好きなことを一生懸命やるってことは、人生の楽しみを知っているということだと思う」と。
僕はこの言葉が忘れられなくなった。好きなことがあるならば、あなたは人生の勝者だ。のめりこむことだ。
東すか編集部の諸兄もしかりである。いろいろな人生にいろいろな楽しみ方があって、それがそのまま
現れていた我がFC東京のスタジアム、そこにあった『東すか』を僕は忘れないだろう。
そしてこれからも、そういう場所であって欲しいと思う。
みんながみんなだけの理由で「東京はやめられない」なんて言える場所、それが東京なんである。
サポーターたちの活動が幕を閉じた。
FC東京サポーターの有志が発行していたフリーペーパー、『東すか』がこの試合での発行を最後に
おしまいとなったのである。FC東京のコアなサポーター以外は知らないと思う。他チームのサポーター
なんかなおさらだろう。だが、このフリーペーパーの存在を留めておきたくて、ささやかながら僕の
日記に書いておこうと思う。FC東京にはそんなサポーターもいて、そしてそれがFC東京なんだと。
詳しいことは知らないし、発行しているメンバーの方々との面識もない。わずかに昔、ネットを介して
言葉を交わした程度だ。だからこのフリーペーパーについてもただの感想に留まってしまう。
『東すか』はA3サイズの紙を2つ折り、さらに2つ折りにしてA5サイズの大きさにしたところに
編集部諸兄の書いたコラムやコネタが載っている。タイトル『東すか』は、たしか「東京どうですか」
の略であったろうか。北海道の伝説的ローカル番組、「水曜どうでしょう」のパロディである。
僕はサッカーを観始めた頃に思っていたことに、もっとサポーターの声を生で拾った雑誌が読みたい!と
いうのがあった。Jリーグは初年度のバブルがはじけると人気が低迷し、スタジアムにはカンコ鳥という
状態だったのだがそれでも観に行っている僕らには僕らの楽しみがあった。Jリーグの体制やクラブの
貧弱さを雑誌はさかんに採り上げたが、Jリーグの“陽”の部分、僕らが大好きと思っていた部分は、
バブルの終焉と共にマスコミの表部分には採り上げられなくなってしまった。
あたかも、サッカーを“たたく”ことがスタンダードである、と言わんばかりに。
僕はそれが不満だった。僕がスタジアムに足を運んで、友達と試合を観て、それこそサッカーをやるため
だけに学校に行き(笑)、休み時間にストイコビッチやラモスのマネをして夢中だった頃、その楽しさを
伝えるメディアはほとんどなかった。今でこそたくさんの雑誌が出て、サポーターというものが再び
認知され始めているものの、このとき築かれたサッカー=マイナーというイメージは、いまだに変わって
いないと感じる。ワールドカップ、代表の試合は観てもJリーグは観ない。それが当たり前だと思う。
サッカーファンはコアになればなるほどマニアックに見える。だがそれでは何も変わらないと僕は思う。
自分の考えるサッカーの楽しみ方を発信しなければならないと思う。それがサッカーファンの義務である。
『東すか』は、なるほどマニアックだ。世間一般的に観ればサッカーマニアの独り言に過ぎないかもしれない。
しかし、僕はこのフリーペーパーには上記のようなサッカーの楽しみ方を自分なりに語ることで、
人生に楽しみがあることの素晴らしさをまっすぐに語りかけてくるような、そんな力を感じるのだ。
僕が読みたかった、サポーターの喜びや楽しみが独白として、そこにはたくさん詰まっていた。
最終号となった昨日の東すかにこのような記述がある。
「なぜサポーターを続けるのか。僕らはどこへ向かうのか。結論を言ってしまえば、僕らはどこへも
向かわない。僕らはここに在り続けるために、サッカーに帰属するのだ。それは不自由なことかも
しれない。だが多くの人間は不自由の中でしか生きられず、そしてその中で人間は何かを語りつづける。
それだけが唯一、不自由さの中で自由に繋がる行為だからである。」と。
もっと強気でもいいんじゃないかと思う。大学の後輩が、卒業に際してサークルの仲間達に贈った言葉がある。
「好きなことを一生懸命やるってことは、人生の楽しみを知っているということだと思う」と。
僕はこの言葉が忘れられなくなった。好きなことがあるならば、あなたは人生の勝者だ。のめりこむことだ。
東すか編集部の諸兄もしかりである。いろいろな人生にいろいろな楽しみ方があって、それがそのまま
現れていた我がFC東京のスタジアム、そこにあった『東すか』を僕は忘れないだろう。
そしてこれからも、そういう場所であって欲しいと思う。
みんながみんなだけの理由で「東京はやめられない」なんて言える場所、それが東京なんである。