
横浜の三ツ沢球技場は、J2では横浜FCを中心にJリーグのゲームが行われていますが、僕が訪れた
のは実に10年ぶりのことでした。正確には95年、木村和司の引退試合以来というから自分でも驚き
ます。横浜の市営地下鉄・三ツ沢上町からダッシュ、試合開始予定時刻を約1時間遅れでの到着です。
ところが実際には、前の試合東京ヴェルディユースと柏レイソルユースの試合がPK戦までもつれ込んだ
関係で、開始時間は大幅に遅れてしまっていたようなのでした。
スタンドに入り、時計を見ると試合時間20分のところ。どう計算しても、当初の予定時刻との折り合い
がつきません。もっとも前半はあきらめる覚悟で来ていたもので、すでに試合は後半20分まで進んで
いたのか…と思って観戦を始めました。審判が笛を吹き、0-0で延長戦か…と思っていたら場内に
ハーフタイムのアナウンス。ここでようやく状況が飲み込めました。
試合中は一人で観戦していましたが、後半に入っていてもたってもいられず、東京ユース・ジュニア
ユースが固まって応援をしているエリアに突撃。そこには数人の東京サポーターのおっさんたちが
混じって子供らの声援に合わせて太鼓を叩いていたりしたわけですが、そのチームおっさんに仲間入り
して、声援を送ることができました。ついでに付記しておくと、「意外な」ということではないのですが
そこには人数が少ないゆえの気楽で気さくな昔のゴール裏の雰囲気がたしかに漂っていました。
箱が変わっても(試合をするスタジアムが大きくなっても)2000年頃には健在だったニオイです。
互いのちょっとした自分的ツッコミや場の空気が全部見えてしまうその場限りの共同体意識です。
試合はそんなヤング東京&チームおっさんたちの応援も及ばず、1-2で敗れました。
前半残り20分で押し込んでいた流れを後半はガンバが逆転。短い時間で2点を取ると、東京の反撃も
セットプレーの1点に抑えられ、最後は退場者を出したガンバに対して1人多い状況で攻め込んだものの
届かず。決勝進出を逃す悔しい敗戦となってしまいました。
身長の高い選手がいて見栄えしたのはガンバでしたが(失礼)、中盤のパスで圧倒したのは東京ユース。
ゴール前でもダイレクトか2タッチまででつなぐ意識が徹底されているようで、スピード感ありました。
ただ一本大事に狙いたかった終盤には、難しいダイレクトプレーでボールコントロールを誤り、そこから
カットされてしまうような場面を見ると惜しい気もしましたが、そこはガンバの粘りの守備もあったと
思えますし、それ以上に自分たちの戦いを貫いた選手たちには納得の一言です。
3位入賞の表彰式はあったものの、スタンドの応援団にあいさつに来たときのユースの選手たちの中には
悔し泣きしている選手も多数見受けられました。後で聞いたところでは、この試合が3年生にとっては
最後の試合になってしまうんだそうです。まさに甲子園で負けた高校球児さながら、というわけです。
感動的だったのは仮設ゴール裏とのその最後のシーン。チームおっさんたちの激励が飛びます。
あいさつに来た選手たちに、「お前ら!もっとこっちこいよ!」と声をかけて呼びかけます。
最初はタッチの内側に居た選手たちも、スタンドぎりぎりまで出てきました。
「惜しかったぞ!!」「よかったぞ!!」といって拍手。悔し泣きする選手たち。
このときばかりは、そこにいたすべての人たちに熱いものがこみあげてきたはずです。
負けたのに「東京、東京~眠らない町~♪」と、やって「We are TOKYO!We are TOKYO!!」でシメ。
おっさんと子供たちの美しい夕べは、こうして幕を閉じたのでありました…。
ユースの応援に来るときは横断幕でも作りたいものです。今後もっと盛り上げてあげたいな、と思って
しまいました。せっかく深川にいるのですから…。
(FC東京ユースは梶山、馬場、古くは尾亦、李、呉らをTOPチームへ輩出しています)