
突然の表明に驚く人が多かったようだが、ドイツワールドカップ後の引退は規定路線であったことから
ある程度予想できるニュースだった。もちろん淋しいが、引退はどんな選手にも避けられないこと。
悲しいけれど仕方ない。
中田がサッカー界の表舞台に颯爽と現れたのは、98年フランスワールドカップアジア予選。
それからずっと、中田と共に歩いた日本サッカーの8年間は可能性と希望に満ちていたと思う。
ペルージャに移籍して、開幕戦でユベントスを相手に中田が2ゴールを決めたあの日の感動は
忘れられない。中田は日本人選手の可能性を示し続けた。僕たちはずっと夢を見続けることが出来た。
近年はケガや日本代表での不調もあり、かつての創造的なプレーは影を潜めていた。
中田は終わった、と誰もが思っていたはずだ。わざと感情が無いかのようなプレーをしたこともあるとは
中田自身が今回告白している。不本意なプレーに終始する中田を見るたびに、何度残念に思ったことか。
それでも中田は絶対だった。いることに、価値があった。
「プロである間、サッカーが好きとはいえなかった。
でもブラジル戦の後に残ったのはサッカーに対する愛だけだった。
サッカーは全てを与えてくれた。
世界中どこにでも来てくれたサポーターへ、ありがとう!」
なんという見事な引き際。日本の世代交代は、中田がいないことでよりスムーズに進むことだろう。
中田を超える存在が出てこないならば、中田がいる限り真の意味での世代交代は出来ない。
それはわかっていたことだ。もちろん現役選手として出来ることはたくさんあると思う。
しかし中田自身の決定に、何も口を挟むことなんてできようはずもない。
日本がワールドカップに出て世界に飛び出し、可能性に満ちていた最初の冒険の期間が終わったんだ
と思う。中田は自らの手で始め、自らの手で幕を引いた。僕たちは最後まで、ただの傍観者だった。
しかしそれが中田の力になっていた、と最後に中田は述べてくれた!!本当に幸せなことだと思う。
本当に偉大な選手だった。
個人的には95年のゼロックススーパーカップでPKを外した試合から、ニュルンベルグのクロアチア戦
まで見届けることが出来た。でももう見られない。本当に悲しい。
それでも世界のナカタへの感謝を込めて、グラッツィエ!!HIDE!!サヨナラだ。
こちらこそ、ありがとう!!!!