ワールドカップの最初の思い出は94年のアメリカ大会です。前年93年の5月にJリーグが始まり、
その年の10月、ドーハの悲劇があって日本は出場できませんでした。
ドーハの悲劇はさすがに家族で見ていました。日付が変わるか変わらないかの頃だったと思います。
テスト前だったからか、僕は勉強しながら見ていて、ロスタイムに入る前になぜかTVの前を離れて
しまったのです。その直後、イラクの同点ゴールが決まるのです。ゴールの瞬間は見ていません。

深夜でしたが、家の外から「あーっ!!」というような叫びがあちこちから聞こえたのを覚えています。
父も母も「やられちゃった!」。で、TVの前に行った時にはすぐに試合は終わって…ラモスが
座り込んで「神様…」と叫ぶ映像は何度も見ますが、その映像はよく覚えています。
叫びながら倒れこむ、元祖スーパーサブ・ゴン中山。泣く柱谷。井原。オフトに抱えられたカズ…。
Jリーグは始まっていましたが、まだ代表との違いもよく分からないまま、眺めていました。

本大会はちょうど一学期の期末試験と重なっていたように思います。当時は中学3年です。
この大会は最初に世界のプレーを目の当たりにした大会として、ただただそのプレーばかりが印象に
残っています。アメリカは真夏で、毎日がカンカン照り。ホント、よけいにまぶしく見えたものです。
トップスターは文句なしでロベルト・バッジオ。すごかったです。決勝は朝早い時間の放送で、学校に
行く前に、家族と朝メシを食べながら見た記憶があります。バッジオが最後にPKを外してイタリアが
負ける、優勝したのはロマーリオのブラジルです。他にも、スターが目白押し。
バルデラマ、クリンスマン、ストイチコフ、ブランコ、オワイラン、ロジェ・ミラ。凄かったですね~。
コロンビアのエスコバルがオウン・ゴールで射殺されたのもこの大会、マラドーナが薬物反応で大会中に
追放されたのもこの大会です。マラドーナは、ゴール後にカメラに向かって吼える映像が大変有名です。
さらにワールドカップの後、出場していた選手たちが大挙してJリーグにやってきたのです。
レオナルド、ジョルジーニョ、ドゥンガ、ブッフバルト。ジーニョ、ベベット(笑)、ストイチコフ。
そりゃもう素晴らしかったです。ロマーリオ、バッジオは何度もウワサに上り、ついに来なかったの
ですが(笑)…。で、それがあって今がある、という。本当に懐かしいです。

ただワールドカップってのがどんな大会で、ドーハの悲劇はどんな試合で、っていうのは前述の通り
いまいちよく分かってなかったです(笑)。まだまだサッカー初心者だったのでした。