土肥は2002年ころから当たり続けている。
これが持論です。おそらく多くの東京ファンがそう思っていると思います(笑)。
で、東京の不動の守護神、いまや日本代表にまで登りつめたゴールキーパー土肥洋一について。
土肥を初めて認識したのはアトランタ五輪の代表候補に選ばれた時でした。
アトランタ五輪日本代表は、マイアミの奇跡を起こした黄金世代。前園がキャプテンで、ナカタもいて、
GKはマリノスでポジションを奪ったばかりのイケメン川口で。
何十年(28年だったかな?)ぶりの出場で何かと注目された代表チームの、しかも川口が大人気だった
ときに同じく候補として呼ばれたのが土肥でした。さらにもう一人がサンフレッチェの下田。
今思えば、その後10年以上活躍している選手たちばかりですね!
本大会にはたしか下田がサブに選ばれたと思うのですが、当時のJリーグは開幕当時のGKたちがまだ
幅を利かせていた時代。ましてGKといえば試合中の交代もめったにないポジション。
川口の台頭で次の時代を感じていたこの頃、同じ世代のGKというのは大変気になる存在でした。
また96年といえばユーロ96もあった年です。このときのヨーロッパのGKの豪華さは現在をしのぐ
ものがありました。日本が出場できなかったアメリカW杯後、最初の大きな大会で。
バッジオを追いかけて見始めたセリエAのSGGK(キャプ翼用語:スーパーグレートゴールキーパー)
たちに衝撃を受け、注目してみたこの大会のGKたちはすごく印象に残っています。
イタリアはパリュウカ、ドイツのケプケ、デンマークのシュマイケル、ポルトガルのバイーア、イングラ
ンドのシーマン。みんなすごい選手たちでした。
川口はルックスも将来性も兼ね備えた当時から力のあったキーパー。一方土肥は、何で選ばれたの?
と、自分ら中学生にもネタにされるようなお粗末なGKでした。ファンブルしまくる、ゴールキックは
弱い、ポジショニングも悪い…まだ土肥も若かったのですが、それはそれは頼りないヘボキーパー
でした。その後レイソルでスタメンを張ったものの、才能があってもうまく育っていない、そんな印象が
ぬぐいきれませんでした。その後、レイソルが南を獲得して出場機会が激減。
FC東京のJリーグ昇格とともに、移籍してきたのでした。東京には東京で堀池というSGGKがいた
のですが、J1の経験が勝ったか、土肥が昇格以来スタメンを張り続けて現在に至っています。
味スタが東京スタジアムと言われていた2001年、まだまだ土肥は不安定なゴールキックでサポーター
に笑われている、そんな風景がたしかにありました。それが2002年ごろからでしょうか。
最近土肥当たってるね!なんていうセリフが毎試合のように聞かれるようになり、ピッチで怒号を発し
味方を鼓舞する土肥にいつの間にか心奪われていく東京ファン。
いつの間にか日本代表入り、それでもまだ「スゲー土肥!当たってるな~!!!」としか思えません。
今なお、「土肥は当たり続けてるよな。」としか言いようがないです。この変貌振りは不思議です。
それがGKの成長というものだった、と分かるのは、おそらくもっとうまくなった土肥が当たり続けて
引退するときでしょう。あ、そうだったんだ、こうやって終わるんだ、なんて。
そのときに、土肥を見てきた時間はすごく貴重だったなあと思えると思います。
現在もJリーグの連続試合出場記録を更新中とか。すごいです。
東京以前から見てきた愛着ある選手、そして今は俺らの守護神。頑張って欲しいです。
これが持論です。おそらく多くの東京ファンがそう思っていると思います(笑)。
で、東京の不動の守護神、いまや日本代表にまで登りつめたゴールキーパー土肥洋一について。
土肥を初めて認識したのはアトランタ五輪の代表候補に選ばれた時でした。
アトランタ五輪日本代表は、マイアミの奇跡を起こした黄金世代。前園がキャプテンで、ナカタもいて、
GKはマリノスでポジションを奪ったばかりのイケメン川口で。
何十年(28年だったかな?)ぶりの出場で何かと注目された代表チームの、しかも川口が大人気だった
ときに同じく候補として呼ばれたのが土肥でした。さらにもう一人がサンフレッチェの下田。
今思えば、その後10年以上活躍している選手たちばかりですね!
本大会にはたしか下田がサブに選ばれたと思うのですが、当時のJリーグは開幕当時のGKたちがまだ
幅を利かせていた時代。ましてGKといえば試合中の交代もめったにないポジション。
川口の台頭で次の時代を感じていたこの頃、同じ世代のGKというのは大変気になる存在でした。
また96年といえばユーロ96もあった年です。このときのヨーロッパのGKの豪華さは現在をしのぐ
ものがありました。日本が出場できなかったアメリカW杯後、最初の大きな大会で。
バッジオを追いかけて見始めたセリエAのSGGK(キャプ翼用語:スーパーグレートゴールキーパー)
たちに衝撃を受け、注目してみたこの大会のGKたちはすごく印象に残っています。
イタリアはパリュウカ、ドイツのケプケ、デンマークのシュマイケル、ポルトガルのバイーア、イングラ
ンドのシーマン。みんなすごい選手たちでした。
川口はルックスも将来性も兼ね備えた当時から力のあったキーパー。一方土肥は、何で選ばれたの?
と、自分ら中学生にもネタにされるようなお粗末なGKでした。ファンブルしまくる、ゴールキックは
弱い、ポジショニングも悪い…まだ土肥も若かったのですが、それはそれは頼りないヘボキーパー
でした。その後レイソルでスタメンを張ったものの、才能があってもうまく育っていない、そんな印象が
ぬぐいきれませんでした。その後、レイソルが南を獲得して出場機会が激減。
FC東京のJリーグ昇格とともに、移籍してきたのでした。東京には東京で堀池というSGGKがいた
のですが、J1の経験が勝ったか、土肥が昇格以来スタメンを張り続けて現在に至っています。
味スタが東京スタジアムと言われていた2001年、まだまだ土肥は不安定なゴールキックでサポーター
に笑われている、そんな風景がたしかにありました。それが2002年ごろからでしょうか。
最近土肥当たってるね!なんていうセリフが毎試合のように聞かれるようになり、ピッチで怒号を発し
味方を鼓舞する土肥にいつの間にか心奪われていく東京ファン。
いつの間にか日本代表入り、それでもまだ「スゲー土肥!当たってるな~!!!」としか思えません。
今なお、「土肥は当たり続けてるよな。」としか言いようがないです。この変貌振りは不思議です。
それがGKの成長というものだった、と分かるのは、おそらくもっとうまくなった土肥が当たり続けて
引退するときでしょう。あ、そうだったんだ、こうやって終わるんだ、なんて。
そのときに、土肥を見てきた時間はすごく貴重だったなあと思えると思います。
現在もJリーグの連続試合出場記録を更新中とか。すごいです。
東京以前から見てきた愛着ある選手、そして今は俺らの守護神。頑張って欲しいです。