今週のサカマガに出色のコラムがあったのでちょっとその内容について。
西部謙司氏のコラムで、かつてのレアル・マドリードの会長サンチャゴ・ベルナベウの言葉を引用して
TVの発達がスタジアムからサポーターを遠ざける、とし、その言葉は半分当たったが半分外れており、
今世界中からサッカーファンがサンチャゴ・ベルナベウに来るようになったが、それは世界中でレアル
のサッカーが見られるからに他ならない、TVは観客動因にプラスにはたらいたからである、とし、
さらにそこから現在のヨーロッパのスタジアムとサポーターの事情について論点は切り替わってゆく。

俎上にあがっているのは「場外サポーター」と言うものの存在。
チケット高騰により、イングランドなどでは労働者階級のコアサポーターのスタジアム離れが進んでいる
という。そしてその現象はクラブにとっては決してマイナスではなく、むしろプラスである、と説く。
いわゆるコアサポの排除は、スタジアムをより安全にし、綺麗にしている、と。新しい富裕なファンは
チケットの値上げにも文句を言わず、グッズも買ってくれる、それはクラブにとっても望ましい。
伝統と魂の継承を振りかざし、圧力団体と化したコアサポは、いまやそうした巨大な企業然とした
ヨーロッパのサッカークラブにとっては、経営の妨げにこそなれ、決して助けにはならないだろう、と
かなり手厳しい。

ヨーロッパのビッグクラブはいまや巨大なマーケットを築き上げ、ファンはそれこそ世界中広範に存在し
魂やクラブのカラーみたいなものは薄まっている、と感じないでもない。それがいいことかどうかは
分からない。コアサポとクラブの間の、奇跡的なバランスの上に理想のクラブがあると思っていた。
たびたび、サポーターと本当に密着した素晴らしいプロビンチャのクラブ経営が取り沙汰される事もあり
どちらとも言えないのだと思っていた。今回のこのコラムは、ビッグクラブの経営に視点を特化し、
コアサポやチームの魂などというものに対して、大いに批判的ともとれる内容だったため新鮮だった。

翻って、東京を思う。クラブとサポーター。
最高の距離を保つのは奇跡に違いない。でもそのためには、クラブも頑張らなくてはいけない。
一サポーターも、頑張らなくてはいけない。そういうことなんだなあ、と思いましたよ。またも。