に~ももたいむず 三叉神経55時55分 (雅没徒第5番ヘ短調) -15ページ目

に~ももたいむず 三叉神経55時55分 (雅没徒第5番ヘ短調)

チームFm 
神:林仁愛(研修生35期→Juice=Juice)
仏:北原もも(研修生30期→OCHA NORMA)
聖:石井泉羽(つばきファクトリー)
仙:
レジェンド 保田圭 稲葉貴子 アヤカ 浜浦彩乃  川村文乃

小学生の頃から研修生やってる先輩に

高校生の後輩が入ってくる って

なんか想像がつかない

 

大学で浪人した先輩が入ってくる

ってことはよくあるけど

そのころの1~2歳差ってたいしたことないけど

中学生の頃の1~2歳差って

ものすごく大きいんじゃないかな

 

他のチームは最古参が順当にリーダーになったんですが

チームたまむし は

27期の山田ではなく30期の北原がリーダーになりました

歌割は

30期平山→宮崎パート

31期石山→金澤パート

30期江端→高木パート

30期北原→宮本パート

27期山田→植村パート

一筒のおでん 二筒のれいれい 三筒の石鹸

となれば 四筒の文乃で勝負!

(意味がわからなくても気にしなくていいです)

彩乃

は卒業してしまったので

今後は文乃が・・・

 

オイルショックによる不況から立ち直った1975年

日本の音楽も多様化してきました

ジャンルによる垣根がなくなってきて

ニューミュージック とかいう

不思議な言葉も生まれてきました

この頃から自分で曲を書いて歌う

ソンガーソングライター と呼ばれる人たちが

日本でも活躍するようになりました

男性では 吉田拓郎 や 井上陽水

女性では 荒井由実 や 中島みゆき

あたりが代表的なところでしょうか

一方で自分では歌わない

専業的なソングライターとして

作詞では 阿久悠 や 松本隆

作曲では 筒美京平

の活躍も目立ちました

 

 

太田裕美は1974年12月に 

雨だれ でデビューして

1975年の

2月に 1st.アルバムの まごころ

 

 

 

 

 

6月に 2nd。アルバムの 短編集

 

 

 

12月には 心が風邪をひいた日

と3枚のアルバムを出して

なんとデビューから1年後には

サードアルバムが出てるわけです

このアルバムには

A面の1曲目に

代表曲ともなった

4枚目のシングル

続く2曲目には

 

 

そして3曲目には サードシングル

 

 

 

 

1970年代は名曲の宝庫

なんですが

なかなかアップされない曲も多いし

アップされてもすぐ消されてしまう

なんか恨みでもあるのか ってくらいに

それでも売れた曲は再アップされることも多い

 

なんかヘ短調って冬のイメージなんでしょうかね

ヴィヴァルディが 冬 をヘ短調で書いたから?

 

音源がことごとく消されてしまってるけど

中島みゆき の 冬を待つ季節 とかもね

 

 

これも冬っぽい

 

 

 

70年代前半は洋楽が強くて

オリコンチャートの上位3曲を

独占したこともありました

 

この頃からオーディオが普及してきて

カートリッジ アンプ スピーカー

などにこだわりながら

コンポを組んでました

ただ当時はハードもソフトも高く

ラーメンが 35円~70円 の時代に

レコードはLPが 2000円~2800円

アンプが 5万円~20万円

スピーカーにいたっては

1本 2万円~2000万円

という時代です

コンピュータなんてとんでもない値段だったかも(w)

パンチカードを読み込ませて動かしていた記憶があります

 

 

 

この曲についてはあらためて書こうと思います

 

 

アルバムに収録されてたのは

ホ短調だったような気がするけど

この音源はあきらかにヘ短調ですね

アナログ時代のものはこういうことがよくあります