森さん     

お便り文章のコピー拝受.

生原の生き様の凄さを体験し、のり越え生きた子供達と家族とのドジャースでの27年。

その前の日本亜細亜大学時代の3年半統べてを野球の球に命を掛け、のめり込み、去つた野球をこよなく愛しつくし掛けぬけた、ただ名もなき、1人の青年野球馬鹿としか言えない男の一生、
その真剣さがそのとき、その場で人の協力を得る事が出来た事の驚きを感じずには居れません。

これは人生道を生き伸びるヒントに成るのではと、好きなものに懸命に取り組む姿は人に感動と関心、共鳴をほって置けないと言う何かのオーラの発信を与えたのではとこのことが運とも運命とも言うのではと,経験で感じるのです。

 
息子はよくも悪くも間違いなく父の遺伝子を受け継いで居ると野球の方向には進む事なく,医学の道へと進む事を中学で決断し、26年間シカゴでの<慶応ノースエスタン>クリニツク経営にピリオドを打ち2年半の間はミシヨナリーの医師としハイチ、アフリカ、メキシコ、日本の東北、オーストラリアのニューギニアの奥地、南米の未開の地に奉仕活動にて人生の意義をさとり、生きる意味を探して体得したのではと思わされます。
 
今年よりやっと収入取得とつながるクリスチャン病院のアージェント<緊急セクション>
にて働き始め身軽さと経験豊富な医師としてとても重宝され忙しい日々を過ごし居ります。
 
バイブルの箇所

      
  <苦しみに会う事は良き事であるそれにより平安の義のみを得る>



そして信じるものをもつ事が人生を乗り切る力として如何に大切か、それにより精神の強靭さが増し、目標に向かう姿勢が不動の強固のもと成る<頑固とわ叉違います柔軟な心で>他に振り回される事のない強さと成り、努力、忍耐が得られることの大切さ、強さと、いまの時代は混乱の世へと益々流れ行く中、自分の足でしっかりと自立し立つ人生の生き方の大切さを生原より学んだと。 

物、お金、地位を追い求めるのでなく,努力の結果が何時しかその様に成り行くと。そこには忍耐、謙遜、努力が優しさ等が必要な条件となると思わされております。
 
生原の異国での苦しみを乗り切る事が出来たのは、早きに好きなものを天職とした事、その事の成就にはいかなる努力も惜しまない。
そういう不動の心をもち、我は他者の為に有るという精神は苦しみの末得た命の書の教えの実行だと思わされます。 

貴方も良き天職に、多くの苦しみの後巡り会い残りの人生を掛けられて居るのではと思わされます。
 
人にはそれぞれのタレントが有りオンリーワンの天より与えられし才能と言う物を、その人なりに伸ばす事の大切さが生きると言うことだと信じます。

御元気になられうれしかったです。バイブルは間違いなき今を如何に生きるを教えてくれます。大きな力と成ります。

信仰とは何よりも神様の言葉を聞いてそれに従うことから,始まります。

そこに従いたくない自分との戦いが生まれます。そして聞き、従わない限り,神の力のみわざを体験することはできません。  この私もこのことの日々戦いです。 

                                       感謝     
                                    生原喜美子
スタジアムに来場したファンとコミュニケーションをとったり、職員の方に私ができる仕事があるか伺ったり…すこし勇気を出すだけで、言語の壁はあろうとも色々なことをさせてもらえる様になり、世界がぐっと広がった気がした。

しかしその勇気を出すことがいかに難しいことか。

渡米前に「海外でインターンシップってすごいね。英語大変じゃないの?」と言われることが度々あったが、今なら英語よりも、自分から何かアクションを起こすことのほうか難しいと答えるだろう。

日本だと味わうことのない自己主張のあり方とそれに伴うスピード感。意見を発しないと置いていかれてしまうという焦り。

戸惑うことも多かったが、帰国してみるとドジャースタジアムで経験したすべてのことが楽しく面白いものであった。
   
それは自分の興味のあるスポーツビジネスをメジャーリーグの伝統あるロサンゼルスドジャースで学んでいるという高揚感からきたのかもしれない。

しかし、このように私が異文化に囲まれた環境を楽しめたのも、主にホストマザーの生原喜美子さん、コーディネーターの友永順平さん、ドジャースのエーシーさん、弥生さんを筆頭に現地で多くの方が暖かいサポートをしてくださり、不自由なく生活を送ることができたからである。

それも喜美子さんの旦那様である故アイク生原さんの生前の功績によるものだということを忘れてはならないし、私はこのインターンシップ体験を人に語る上で決して欠かすことのできない根幹にあたる大事な部分だと認識している。

最後になりましたがこのインターンシップをアメリカにて支えてくださった方々、日本で応援してくださった皆様に感謝したいと思います。本当にありがとうございました。

早稲田大学スポーツ科学部三年
松岡研究室
少林寺拳法部
前澤弘奈


私はこれを機に大学の勉強に力を入れ、2年間かけて好きな野球をスポーツビジネスに絡めて学習することで今までぼんやりとしていた学業の興味の対象や将来の夢がはっきりしてきたのである。


具体的には「プロ野球チームをビジネスサイドから盛り立てたい、MLBの対アジアマーケティングについて学びたい。」と考えるようになった。


そして同時に数年来の憧れだったインターンシップを勉強のチャンスとしてとらえるようになった。


長年の熱意が伝わったのか、何度かの面接を経てようやくインターンシップに参加できる資格を私は得た。

今まで海外経験はあったが最長でも2週間旅行に行った程度で、1ヶ月もの長い間アメリカで過ごすことに対して不安があった。

しかし、いざ渡米してホストマザーの喜美子さんにお会いし、ご自身のアメリカでの体験談を伺うことで異文化に直面し、戸惑うことこそが学びなのであると知った。これは喜美子さんから学んだことのひとつである。

「アメリカにいる間は何でもチャレンジしよう」

そう考えるようになってから、様々なことに対して臆することなく向き合うことができた。