高級雑貨店で1個1000円で売られていたグラスと同じものが、100円ショップで売られていたのをたまたま発見して唖然としたことはありませんか。
私たちは、安売りのお店とそうじゃないお店をそれぞれ使い分けしていると思います。時には、良く行くスーパーで予期せぬ特売商品を見つけたりすると、思わずその激安商品に手が伸びそうになったりもします。私たちの購買意欲をくすぐるお店の戦略にはまってしまうのです。
また、「価格が高いもの=高品質」反対に「価格が安いもの=低品質」という思い込み(刷り込み)も中にはあります。
このブログでも以前ご紹介した「松・竹・梅」効果がそれです。たとえば、500円の商品と、1000円の商品、それと2000円の商品を見せられた場合、多くは真ん中の1000円の商品を選んでしまうというのもこの刷り込みの一種なのです。
私たちの価格に対する感覚や行動は曖昧なものかもしれませんが、その中で学術的に証明されている行動原理があります。
それは、『利得より、損失の方が嫌いである』という行動原理です。経済学者のダニエル・カーネマン博士らが提唱した「プロスペクト理論(損失回避的思考)」によると、「人は、100円を得られた時の嬉しさよりも、100円を失った時のガッカリ感の方が大きい」というのがあります。別の言い方をすると『何も貰えないのは嫌だけと、何かを失うのはもっと嫌』とでも言うのでしょうか。
たとえば、散歩をしていて、途中で100円玉を道端で拾った時の嬉しさより、家に帰った後、ポケットの穴からその100円玉を落としてしまっていたことに気づいた悲しみの方がはるかに大きいというものです。
話は変わりますが、稲盛和夫氏(京セラ創業者)の教えに『値決めは経営なり』というのがあります。「コストを基準に値付けをしてはいけない。商品の価値で値付けをすべき。理想の値段とはお客様が許してくれる範囲の最高の値段。」
まさにその通りだと思います。経営者は、様々な知恵と工夫を巡らして自社商品に最適だと思われる値段を付けて競合他社との競争に臨んでいるのです。
しかし、このセオリーを見事にぶち壊す政策が現れました。日本国民が誰でも格安で国内旅行を楽しむことができる政府の政策がそれです。
消費者心理としては、プロスペクト理論的に申せば、「お得感」というよりは、「今買わないと損」という感情に支配されてしまい、『普段だったら、とても高くて泊まれないホテルなのよ』ってな具合に、お得感よりはるかに大きな機会損失による心の痛みを回避すべく行動してしまうというシンドローム(症候群)が各地で発生しています。
現況を俯瞰すると、有名観光地は何処も「買わないと損」シンドロームの観光客が、割引が無くても純粋に旅行を楽しみたいという「買って得する」ものを求める真の観光客をまるで排除しているかのような様相となっているように思えるのです。それを裏付けるかのように「このGOTOが終わるまでは旅行はよしておこう」という声も聞こえてくる始末です。
現在のところ、コロナ禍で経済が疲弊した観光地にとっては、ある意味救世主的な意味合いも大きい政策との受け止められているようですが、政府主導で『観光バーゲンセール』という価格破壊が行われているような感は否めないと思います。
企業経営者が心血を注いで決した商品の値段を、ものの見事に破壊しているのです。
この政策により国内の観光地はどこもコロナ以前にも増しての賑わいだそうですが、別に割引が無くても、年間22兆円(国内宿泊旅行17.2兆円、国内日帰り旅行4.8兆円)の観光需要が国内ではあったわけです。この需要を何とか呼び起こすような、ウィズコロナでも安全に観光や宿泊が楽しめる施設や仕組みづくりを補助する目的でもっと税金投入を計っても良かったのではないかとも思います。
スーパーでも何でも、価格を割り引くと客数は増えますが、予定していた割引期間が経過し、値段を元に戻した後の状況は悲惨なものだと語られています。
今、日本の観光産業が直面する課題は、税金をジャブジャブと使い、観光産業のわずかな期間だけの延命を図ることではなく、『買ってお得』を楽しみたいと思う、その店を愛する常連客に対して、安全で『買ってお得』感を味わせるような商品や仕組みを作り上げることではないかと思われてなりません。
密やかに、各地の観光産業を支える中小企業にエールを送りたい気分です。