飛び切り美味い蕎麦を出してくれるお店がありました。頑固そうな親父さんと、若くて気さくな店員一人とで、お客が10人も入ればいっぱいとなるお店を切り盛りしていました。
その店の出す蕎麦の美味しさを聞きつけたマスコミが取材の申込をするのですが、いつも親父さんは笑いながら丁寧にマスコミの取材を断るのでした。不思議に思った客の一人が親父さんに尋ねました。「親父さん、なぜ取材を断るんだね? お店が有名になれば、もっとお客も増えるし、お店が繁盛するじゃないかね。」と。
親父さんはいつものように笑ってそのお客にこう答えたのです。
「今以上にお客が来てくれて、売上が増えると、だんだん儲けが減ってしまうんだ。今の売上高がわしにとってはとても居心地がよい売上高なんだよ」
また、こうも続けました。
「おまけに、わしの店に来てくれるお客を当てにして、そこらの蕎麦の安売りの店が近所に出てこられたりでもしたら、稼いでも稼いでも儲からない店になってしまうかもしれないからね。」
親父さんの答えに、「売上が増えて、儲けが減る.....?」と、尋ねたお客は全く腑に落ちないような顔をしたのです。
....では、解説です。まず「損益分岐点は一つではない!」というお話から。
上の図表は親父さんのお店の蕎麦の販売数量に対する費用の関係を表したグラフです。話を簡単にするために材料費と人件費のみを費用と考えることにします。
始めは店員一人分の賃金と蕎麦の材料費が費用を形成します。蕎麦の販売数量が増加しても、変化するのは材料費だけですので、費用の伸びは緩やかです。
しかし、一人の店員や蕎麦を作る親父さんだけでは対応できないくらいの量の注文があった場合(お客の増加)、ある数量の販売量を超えた時点で一気に費用カーブが急勾配となってしまいます。原因はアルバイトを雇うなどの人件費の上昇です。お客が増えることが前提ですので、人件費だけではなく、その他にはテーブルや椅子などの備品も新たに備えなくてはならないかも知れません。兎に角今までとは異なって費用カーブが急勾配となる売上高が必ず商売には有るんだと理解しておくことが大切だということです。
さて、このグラフに売上高線を加えた図表を作ってみましょう。
ご覧の通り、売上高線と費用曲線が交わる点が2か所あることがおわかりでしょうか。親父さんのお店で儲けが出るのは、販売数量が点P1から点P2の間です。販売数量が点P2を超えた途端赤字転落となります。
損益分岐点が二つ現れます。いかがでしょうか、親父さんの言う通り、「売上が増えるほど儲けが減って行く」という現象が実際に起きることがおわかりいただけたでしょうか。
単なる売上高の増加だけを経営目的としていると、思わぬ落とし穴が待っている場合もあります。
普段、損益分岐点が一つだけの図表を見慣れているとこのような発想はできませんね。
次に、三つ目の損益分岐点のお話をしましょう。次のグラフをご覧ください。
このグラフは、例えば親父さんのお店の近くにフランチャイズの蕎麦屋が出展し、価格競争を仕掛けて来た場合、親父さんとしてはどの程度まで対抗できるのかを示したものです。価格競争は不毛の戦いです。仕掛けた方も、仕掛けられた方にもメリットはありません。
お店としては販売価格が低下するに従い売上高の減少に繋がります。その中で、利益を確保できる販売数量は点P1と点P2の間から、点P3へと収束していきます。だんだんと販売数量の幅が縮まっていくのです。難しい経営を余儀なくされることが必至となるのです。
一つ付け加えると、この第3の損益分岐点がそのお店で一番儲けの出る点でもあるのです。
商売は無理せず、肩の力を抜いて、自らの最適売上高を維持することも大切なことだということです。
«参考»
売上高が増えれば無限の利益につながるか ~「1」「3」「7」の壁 ~