帰宅してみるとカミさんと子供たちは、ヴォクシーの中にいました。
キャンプ用寝具一式、食料などが積んでありました。
家屋は外観はぱっと見た感じ異常がないように思えたので中を確認することにしました。
職場の惨劇を見てきたので、ある程度は覚悟していたのですが、意外なほど軽症でした。
薄型テレビ3台をはじめ、ほとんど倒れたものはなく、私の部屋のスピーカーだけが倒れていました。タンスの上に載せてあったものなどは落下していましたが、それも全部じゃありません。
ちょっとほっとしたところで、そういえば、バイクどうなった???と思い出しました。
慌てて見に行ってみると立ってました。
その日は、寒い車内で一晩を過ごしました。
次の日から本格的に震災生活が始まりました。
断水なのでトイレに困ります。
幸いにも洗濯用にと前日の風呂のお湯を抜いてなかったので、当面それをバケツに汲んで用を足したらその水を使って流すことにしました。
飲料水は、買い置きのスポーツドリンクと緑茶が大量にあったので水分補給は良いとして、手洗い、調理、洗顔などに使う水が不足するので買出しに行きました。
停電なので冷蔵庫が機能しません。食料は冷蔵庫のものから優先的に処分していくことにしました。
オール電化で調理器具も使えないので、カセットコンロを使って生肉などは焼いて調理しました。
避難場所に指定されている小学校に行くと新聞、水、お湯を配っていました。
これら全て初日はそれほど並ばずに調達できたのですが、二日目からはどこも長蛇の列となり入手困難となりました。
世の中の情報収集も車のテレビと携帯電話だけです。携帯電話は車のコンセントから充電しました。
ただこれも二日目から地デジが一切映らなくなり(中継局が停電?)、ドコモの規制からかiモードも不安定になってきました。1日のほとんどが圏外になったり。情報が入手できないというのは酷なことだなと感じました。
太陽光発電は、自立運転モードというものがあり、発電した電気をそのままコンセントから使えるはずなのですが、いくら操作パネルを操作しても自立運転モードになりません。それどころか表示が一切何もないのです。どうやら地震の影響でパワーコンディショナー内部が故障したようです(シャープのサポセンに確認済)。こんな時こそ活躍して欲しかったのですが仕方ありません。
困難な通信環境ではありましたが、何とか通信できた時に見た皆さんからの励ましメールやコメント、メッセージにとても勇気づけられました。
今回の震災で不幸中の幸いだったのはガソリンです。ヴォクシーは前日夜に満タン給油したばかりでほぼ満タン状態でした。加えて乗り帰った公用車も給油したばかりでした。なのでガソリンの心配はしなくて済んでいます。
また共働きのせいか、食材も飲料も沢山買い置きがあったのでラッキーでした。
ただ防災放送受信機や懐中電灯に使う電池が不足気味でした。
携帯ラジオも買ってなかったので情報は車内テレビと携帯に頼ることになりました。
なんでもないようなことが、幸せだったと思うっていう歌がありますが、本当にその通りだと思いました。
3/11の地震発生から3日後の3/14のお昼頃、やっと電力が復旧しました。しかしまだ断水が続いており、余震も大小断続的に続いています。
原発の爆発ももしも放射能漏れということなると風向き次第では危険なエリアです。
仕事は3/17までは休業という連絡がありました。断水で風呂にも入れないのでこのまま出社できないし、通勤手段であるJR常磐線も通勤に使う範囲は動いていないので出勤できません。
こんな調子でこれから街並みの復旧も交通インフラや会社の復旧もどうなるか分からなくて不安な面も多々ありますが、頑張って歩んでいきたいと思います。
キャンプ用寝具一式、食料などが積んでありました。
家屋は外観はぱっと見た感じ異常がないように思えたので中を確認することにしました。
職場の惨劇を見てきたので、ある程度は覚悟していたのですが、意外なほど軽症でした。
薄型テレビ3台をはじめ、ほとんど倒れたものはなく、私の部屋のスピーカーだけが倒れていました。タンスの上に載せてあったものなどは落下していましたが、それも全部じゃありません。
ちょっとほっとしたところで、そういえば、バイクどうなった???と思い出しました。
慌てて見に行ってみると立ってました。
その日は、寒い車内で一晩を過ごしました。
次の日から本格的に震災生活が始まりました。
断水なのでトイレに困ります。
幸いにも洗濯用にと前日の風呂のお湯を抜いてなかったので、当面それをバケツに汲んで用を足したらその水を使って流すことにしました。
飲料水は、買い置きのスポーツドリンクと緑茶が大量にあったので水分補給は良いとして、手洗い、調理、洗顔などに使う水が不足するので買出しに行きました。
停電なので冷蔵庫が機能しません。食料は冷蔵庫のものから優先的に処分していくことにしました。
オール電化で調理器具も使えないので、カセットコンロを使って生肉などは焼いて調理しました。
避難場所に指定されている小学校に行くと新聞、水、お湯を配っていました。
これら全て初日はそれほど並ばずに調達できたのですが、二日目からはどこも長蛇の列となり入手困難となりました。
世の中の情報収集も車のテレビと携帯電話だけです。携帯電話は車のコンセントから充電しました。
ただこれも二日目から地デジが一切映らなくなり(中継局が停電?)、ドコモの規制からかiモードも不安定になってきました。1日のほとんどが圏外になったり。情報が入手できないというのは酷なことだなと感じました。
太陽光発電は、自立運転モードというものがあり、発電した電気をそのままコンセントから使えるはずなのですが、いくら操作パネルを操作しても自立運転モードになりません。それどころか表示が一切何もないのです。どうやら地震の影響でパワーコンディショナー内部が故障したようです(シャープのサポセンに確認済)。こんな時こそ活躍して欲しかったのですが仕方ありません。
困難な通信環境ではありましたが、何とか通信できた時に見た皆さんからの励ましメールやコメント、メッセージにとても勇気づけられました。
今回の震災で不幸中の幸いだったのはガソリンです。ヴォクシーは前日夜に満タン給油したばかりでほぼ満タン状態でした。加えて乗り帰った公用車も給油したばかりでした。なのでガソリンの心配はしなくて済んでいます。
また共働きのせいか、食材も飲料も沢山買い置きがあったのでラッキーでした。
ただ防災放送受信機や懐中電灯に使う電池が不足気味でした。
携帯ラジオも買ってなかったので情報は車内テレビと携帯に頼ることになりました。
なんでもないようなことが、幸せだったと思うっていう歌がありますが、本当にその通りだと思いました。
3/11の地震発生から3日後の3/14のお昼頃、やっと電力が復旧しました。しかしまだ断水が続いており、余震も大小断続的に続いています。
原発の爆発ももしも放射能漏れということなると風向き次第では危険なエリアです。
仕事は3/17までは休業という連絡がありました。断水で風呂にも入れないのでこのまま出社できないし、通勤手段であるJR常磐線も通勤に使う範囲は動いていないので出勤できません。
こんな調子でこれから街並みの復旧も交通インフラや会社の復旧もどうなるか分からなくて不安な面も多々ありますが、頑張って歩んでいきたいと思います。