これはフィクションです。

 

 

その人は

20年前に、当時の恋人に連れられて初めて歌舞伎座に行きました。

 

 

何もかも初めての世界で

一番いい席に座り

隣で時々静かに説明をしてもらいながら

歌舞伎というものを堪能しました。

 

 

世の中にこんな世界があるんだ。

現実を忘れる世界。

 

 

日々仕事で1日が終わる彼女は

その彼と別れた後も

時々自分でチケットを買っては

歌舞伎座を訪れました。

細々とね。

チケット高いし。

 

 

疲れて

歌舞伎を途中で抜け出して

新橋のマッサージにタクシーで行くことも

ありました。(笑)

なにせ歌舞伎座にいると眠くなる。

最高の贅沢のお昼寝。

 

 

海老蔵の襲名興行の時は

忙しい仕事を無理やり半休を取り

見に行かれたそうです。

 

 

お父様が白血病で倒れてしまい

三津五郎さんが代役に立った回も

観に行きました。

仕事を途中で抜けてね。

 

 

お正月も大抵一人なので

新橋演舞場に行ったり。

だいたい海老蔵なので華やか〜。

 

 

その後おつきあいされた彼は

全く歌舞伎などに縁がない人でしたが

「歌舞伎座を取材する」というお仕事を

されたことがありました。

 

 

 

彼女がいつも

観劇する時に愛用していた

お父様の形見の

大きな大きな双眼鏡。

それをカメラマンである彼が

オーバーホールに出してくれて

それを渡してくれる時に

「歌舞伎座PRESS」と独特の文字で描かれた

おしゃれなビニール袋に包み

ケースに入れて渡してくれたことがあったそうです。

 

 

なんて粋なことをするのでしょう。

 

 

彼女の大切なご友人のご主人が亡くなられた時に

彼女は大好きな海外のある島にいました。

帰国して留守電を聞くと悲しい訃報が入っていて。

 

 

そして、1週間後の歌舞伎座のチケットを二枚

ご主人と見るために用意していたけれども

こんなことになり行けないから

代わりにぜひ行って欲しいと

ご主人が亡くなられて多忙な中郵送してきてくれたチケット二枚

それで彼を連れて観劇

 

 

彼は「どんな格好で行けばいいんだ」と

言っていたけれど

普通の格好で良いのです。

 

前の中村雀右衛門丈のお芝居でした。

仕事で疲れて眠くて眠くて

彼女は長唄を聴きながら気持ちよく眠ってしまったけれど

彼は初めての歌舞伎を楽しんだようでした。

 

 

ジャッキーさんはもうかなりお年を召していて

亡くなられる数年前でしたが

渾身の力でお姫様を演じていました。

 

 

 

歌舞伎座は不思議な場所です。

人の心を癒し

別世界に連れて行き

昔も今も「人の心」「人の情」は

同じであると教えてくれます。

 

 

建替えた今も

昔と全く同じ場所に感じます。

古さも何もかも。

 

 

もちろんハイテクなのですが。

 

 

彼女は

「趣味がない」とよく言います。

「猫くらいかな」と

そしてハワイに行くことと、好きな歌手のコンサートに行くくらいかしらと。

 

 

でも実は歌舞伎だったようですね。

 

 

 

昔の彼と

奇跡的に再会した時に

彼女がまだずっと歌舞伎を観ていることに

驚かれました。

そしてとても喜ばれたそうです。

 

 

そんなものかもしれませんね。

 

その彼と出会わなければ

歌舞伎を見ることなんてなかったかもしれないのだから人生は不思議

ちょっとしたことで変わります。

 

 

 

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