おはようございます。


いかり屋圭子です。




マスターコースに来ている方の人生は


さまざまで


私がうかがい知れない経験をされている方もいらっしゃいます。




いや、一人一人の人生がそれぞれ全く異なるのですから


うかがい知れなくて当たり前なのですが。






私にはわからない悲しみ


私にはわからない苦しみ、悔しさ




私は


「偏っているのはここじゃないかな?」と


私が思ったことを伝えます。



私が思ったことなので、そうなのかどうかはわかりません。



後はご本人がどう感じるか。




すると、勝手にご本人の中で反応が起こり


変化が起こるのです。



まるで化学反応のように。



ケミストリー♪♪







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心尻鯛のブログ の始まりは。。。。瞑想から始まりました


でも、でも、本当は。。。。


我が子の死が切っ掛けです


2歳半で「脳の癌」が見つかり


「ぱぱ」・「まま」ようやく話し・・・会話になるくらいの年頃


(俺の一番好きな時期2才から5歳ぐらいがゴールデン時期この時期の子供が欲しくて4人産んだ位だ)

突然の宣告!!



えええええええええええ・・・・・・うちの子が!!!!!!!!


こんなに元気なのに?????





そして。。。医者からの 「余命・半年宣告」


頭を。。レンガでガーン(癌)て感じレンガ





それから・・・・長い長いトンネルの中状態トンネル


即入院で・・・埼玉国際医療センターに移動して・・・・


MRIして・・・細かな検査をする(子供なので、全て付き添う事に)


頭を68針縫う手術をして。。。腫瘍の一部を採って検査した


奇跡的に「グレード2」で、、、軽い抗がん剤治療でよくなった


でも、、、いつ再発するかわからない


何時しか・・・俺の感情が・・・壊れていった






「笑えない」なんか、ギコチナイ


鏡もあまり見なくなるし。。。人に会いたくないし


会社にも行きたくない。。。。残された子供達にすぐイライラする



だから・・・高校の時の友達も。。。離れていき------


会社も・・・社員や取引会社も。。。離れていき-------


感情を出すのが。。。。凄く、凄く、怖かった



悲しい時に・・・・「悲しい」て思うと・・・人は離れるのか???


そんな、感情を押し殺して・・・引き攣りながら笑う俺


俺は。。。。心理学に。。。心の拠り所になった


本を読めば、、、救われた


5年間で300冊以上の本を読んだ


そして、、、ブログを始めたり


セミナーに行き始めたり


人と話せる楽しさ


ようやく・・・最近「笑える」「楽しい」「いい」「嫌だ」「離れる」「離れてもいい」


でも。。。また責める自分も居る


「アドラー」や「心屋」や「フロイト」や「森田療法」の本を読んだり・・・・セミナーに行ったりしないと、


まともに話せない自分





「俺は、やはり病んでいるのか」「心療内科に行くべきか」・・・普通になぜ話せないのか、笑えないのか


霊能力者に会ったり、沖縄のユタに会ったり、断食道場に行ったり・・・


そんな時笑いながら、楽しそうにTVでカウンセリングしている「心屋」を見た





楽しくていいの???


笑っていいの???


なんだこれ!!



それから、、、お決まりコース(BEトレ、初級、上級)と受けて・・・んんんんんん・・で


「仁さん」は良いけど・・・・俺は???全然俺救われん


「何か知らんけど」 「まーヨイ」 「頑張るな」 「他力本願」


本読んでも。。。。DVD見ても???。。。会場に行っても。。。。で・・・俺は?


マスターコースも3回落ち。。。。


今回のイカマスが落ちたらNLP「芝健太」に行こうと思ってた





でも、でも、今回。。。。マスターコース26期に行けたことが、凄くうれしい





ようやく報われた自分・・・・長いトンネルを抜けた感じトンネル






辛く、悲しい、面白くもない話をイカマスメンバーと話せる事


言いたいことを言える環境






女性メンバーは日に日に自分らしさにキズキ・・・綺麗に成ってる?!なりっつある





男達は・・・最高のメンバーだ・・ホリエモンみたいな「ヒデーモン」とか


国を守る「マモルチ」とか


車の大好きな「カラサワギ唐沢」も居るし




本当に素晴らしいバカ達に囲ませ幸せだなーと最近凄く思う


このような環境を創った「仁さん」ありがとう!!



そして。。。俺を選んでくれた「いかり屋圭子さん」ありがとう!!






イカリンに言われた一言「不幸が似合う人」


これが、俺を変えた一言だ!!




子供の「死に」しがみ付いていた





「可愛そうな自分」「哀れな自分」


「子供を救えなかった自分」


「病気の子供を持つ自分」


子供が病気の時も・・・天使になっても・・・会えない淋しさの時も


俺の価値は一ミリも減らない!!




「不幸が似合う人でもいいし」


「幸福の似合う人でもいい」


イカリンは・・・いつからでもいいよ


いつも決めるのは「自分」


「自分で決めて良いよ」




そう、「自分で決めて良い」


当たり前すぎて・・・わからないよね!!


それは、、、自分の「手」や「足」に似ている


歩いて当たり前・・・・手に取って当たり前だから・・・


俺は分かる・・・なぜか


自分の子供が・・・日に日に手足の自由が奪われていく所を見ていたから


半身不随になり・・腕を引きずるながら歩いたり


トイレにも行くこともできない。。。


外に出れば。。。世間の目が気になり


歩く事も出来ず、、、、引きずりながら移動する


そう!!当たり前なんか無い。。。当たり前の事なんか「な・い」


みんな無くして・亡くして・・・気付くんだ


俺は、今でも風呂場で自分の足を洗いながら「泣く時がある」


「歩ける足が有る」・・・「足が動く」・・・「行きたいとこ所に行ける」


足を見ながら「当たり前を噛みしめている」


でも、過去は過去!!


これから、今からが「最高」でいい


自分できめていい!!あし前に一歩だけ進もうよ





耳の間から見ている俺の先生